2025年12月21日(日)

つくりびととの談い

2025年12月21日

「鉄」や「音」を操る技量
ドラムと機械加工の共通点

 工場の中に入ると、若い女性社員が、猛然と火花を散らしながら鋼材にサンダーをかけていた。

9年間記録し続け17冊目になったノート。ミスも記されており、似たような施工事例があれば目次から遡る

 原さんの仕事の相棒は、大量のノートだ。図面が貼られ、数値や文字がびっしりと書き込まれている。

 「毎回、作業の手順とポイント、ミスの原因などを書き留めているんです。引き継ぎのためにも、ノートの記入は欠かせません」

 現在原さんは、門型5面マシニングセンタという大型の加工機械を担当しているが、事情があって前任者が急に辞めてしまったため、濃やかな手ほどきを途中で受けられなくなってしまった。

 「その方もノートをつけていたんですが、読んでも作業の順序が分からないし、『なぜそうするのか』を読み解くのも大変でした」

 そうは言うものの、最新の工作機械は内蔵のコンピューターに図面の寸法さえ入力すれば、その通りに加工してくれるのではないか。 

 原さんは、静かに否定した。

 「例えば、鉄って表面を削ると反るんです。だから寸法通りに仕上げるためには、表面に一度捨て削りをしてから裏返して削りを入れ、その面を基準に再度削るといったプロセスが必要なんです。鉄って、生きてるんですよ」

横中ぐりという機械。鋳物を回転させながら様々な角度からの穴あけや削りが可能だ

 解読困難な前任者のノートと首っぴきで、原さんは5面マシニングセンタの操作を身につけた。毎回異なるモノを作るのは楽しいけれど、毎回異なる図面から最適な作業方法を導き出すのは、いまだに難しい。

 いま、このマシンを使いこなせるのは、中工精機で原さんひとりだ。

 「ドラムを叩けるのも、マシニングセンタを操作できるのも、私にとっては、どちらも武器ですね」

 武器?人に勝つための武器という意味だろうか。温厚そうな原さんらしからぬ言葉に、ドキリとした。

 SOUTH BOUND──。

 原さんはいまでも、このバンドで音楽活動を続けている。動画を検索してみると、赤い仮面をつけてドラムを叩きまくる原さんがいた。

 まるで別人だが、さすがドラムの腕はプロ級だ。なんと昨年には、楽曲がカラオケに採用されたという。

 武器とはきっと、自分の力で手に入れた、体にしみ込んだ、それ故に自信と誇りを持てる技量のことなのだ。それを手に入れたくて、若者は中工精機の門を叩くのではないか。

 瑞浪市の人口は減少している。しかし、手堅い武器を手に入れた若者たちが、確実に育っている。

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下水道からの警告 地下空間の声を聞け
下水道からの警告 地下空間の声を聞け

埼玉県八潮市で起きた道路陥没事故から間もなく1年。各地で下水道の老朽化が問題になっている。しかし、都市と地方では下水道が整備された年代は異なっており、老朽化に悩む自治体もあれば、縮退を決めた自治体もあるなど、問題は様々だ。下水道をはじめとしたインフラは私たちの日常を支える「基盤」であり、「機能」である。目に見えない地下の世界の声を聞き、私たちが直視すべき課題と解決の糸口を提示する。


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