このような尿ナトカリ比についての合意声明が出された背景には、日本の地域住民を対象とした大規模な研究で、尿ナトカリ比と血圧値との間に正の関連を認めたり、尿ナトリウムや尿カリウム単独の測定値よりも尿ナトカリ比の方が血圧値との関連がより強かったという知見があるらしい。
ただ、尿に排出されるカリウムとナトリウムは身体の活動や食事などで大きく変動するため、1回の排尿(随時尿と呼ぶ)だけの尿ナトカリ比で信頼度の高い予測は難しく、現時点では「週に4日以上、無作為に異なる時間帯に採取した随時尿での測定から平均値を算出する」ことが推奨されている。現場で実施するにはまだハードルが高そうだ。
マルチモビディティの悩ましさ
「先生でも悩ましいってことがあるんですね」
「いっぱいありますよ。医療で言えば、診療上の疑問を解こうとして過去に行われた研究の結果をいくら探しても答えが見つからなかったり、答えを見つけたことでさらに別の疑問が現れて不確実性が拭えない時とか……」
一人の患者に複数の慢性疾患や健康状態の問題が存在することを「マルチモビディティ(multimorbidity; 多疾患併存)」と呼ぶ。C.S.さんにも高血圧と慢性腎臓病があるので、マルチモビディティだ。
マルチモビディティの悩ましさは、歴史的に臨床研究が単一疾患を対象としたモデルを採用してきたことと関係がある。高血圧しかない患者を対象とした臨床研究や、慢性腎臓病しかない患者を対象とした臨床研究は多くあるが、高血圧と慢性腎臓病がともにある患者を対象とした臨床研究は少なく、診療の現場で利用できる知見は限られており、質の高いエビデンスは乏しい。その結果、エビデンスに基づく診療ガイドラインの多くは、個別の疾患に焦点を当てたものにならざるを得ない。
しかし、現実には多くの人が複数の慢性疾患や健康問題を同時に抱えている。以前は、マルチモビディティは主として高齢者の問題であると考えられていたが、今や高齢者に限らず若年者にも広く見られる極めて一般的な病態であることが示されている(全患者の約4分の1、および慢性疾患患者の半数以上がマルチモビディティを有していた)。
前述の『ナトカリ手帳』では、男性で1日3000mg以上、女性で1日2600mg以上をカリウム摂取の目標としている。これはあくまでマルチモビディティを考慮していない「健常者」に対する目標値であって、手帳をよく読めば「疾患を有する患者には知見不足のため、これらの目標値は適用されない」とは書かれているものの、手帳の利用者が誤解するリスクは高いだろう。
一方で、日本腎臓病学会の『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023』とそれに基づく非腎臓専門医向けの『CKD診療ガイド2024』によれば、推算糸球体濾過量(eGFR; 腎臓が1分間にどれぐらいの血液を濾過して尿を作れるかを示す指標)によるCKD重症度分類で中等度〜高度の機能低下を意味する「ステージG3b」(eGFRが30〜44 mL/分/1.73m²)以上の重症度では、1日2000mg以下のカリウム摂取制限が推奨されている。
「2つの疾患が併存するときにカリウム摂取をどうするのか」というような臨床的なジレンマ以外にも、マルチモビディティは医療政策やシステムへ影響を及ぼす。
