良識人にはできない
トランプが壊した「壁」
その前に、米国で暮らす私から見た昨今のトランプ現象をどのように捉えればよいのか整理しておきたい。トランプ現象の背景には、米国社会に深く根差した様々な格差、分断と矛盾、成功に取り残された人々の存在を忘れてはならない。トランプ氏は、こうした人々の不満や怒りといった「負のエネルギー」を巧みに掬い取り、彼らの声を代弁する存在として絶大な支持を集めた。
言うまでもなく、第2次トランプ政権には多くの課題がある。トランプ氏は就任以降、気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱や、連邦政府のDEI(多様性・公平性・包摂性)関連プログラムの停止、大学の自治へのあからさまな政治的干渉など、数々の大統領令に署名した。2025年4月には、「トランプ関税」を発表し、さらには今年1月3日、ベネズエラに軍事侵攻し、マドゥロ大統領夫妻を拘束して世界に衝撃を与えた。
また、政権内のスタッフも自身に忠誠を誓う者だけを要職に起用し、異論を唱える者は即座に更迭されるといった恐怖政治が横行している。
だが、誤解を恐れず、批判を覚悟であえて言えば、私はこうした大きな変化を、将来における「米国の変革の可能性」として前向きに捉えている。なぜなら、従来の良識派には到底できなかった「壁」を、トランプ氏はあっさりと打ち破ったからである。さらに視点を変えれば、良識ある人々には決して壊せなかった既存のシステムを、常識がない、あるいは常識が通用しないトランプ氏が打ち壊すことで、トランプ氏以降に続く、まだ見ぬ将来のリーダーが、米国をゼロから再出発(リ・ビルド)させる可能性も考えられるからだ。
そうした意味で、現在の破壊的な局面は、「人類の進歩のためにより良い解答を導き出す」という米国に課された使命を果たし、「古き良き米国」に代わる「新しい米国」に生まれ変わるための準備期間だと捉えることもできるのではないか。
もちろん、楽観的な見方に過ぎないとの批判は覚悟の上である。ただ、こうした考え方に至った背景には、私自身、米国という国家が日本人の常識やモノサシでは決して測ることができない、規格外の国家であることを実感してきたからだ。
日本社会には「平均的な常識観」が存在する。一方、平均という概念が成り立たず、平均をとること自体、意味をなさないのが米国社会である。米国には日本人が想定するような「分厚い中間層」は存在しない。貧富の差も極端で、1%の富裕層が99%の富を独占するような構造となっている。人種や宗教が異なれば、価値観や思考も大きく異なるのが現実である。また、米国社会は世界でも稀にみる多人種・多民族国家であることが影響し、日本人の想像をはるかに超える差別もある。
米国で今起きていることは、世界が民主主義を追求するなら、将来、世界中で必ず起こる。だからこそ、米国が人類の普遍的な価値観構築のために失敗することは決して許されないのである。そうした中で、日本人が注目しておくべきことは何か。
米国では、社会的地位のみならず「慈善事業・活動で認められる人」こそが真のリーダーであるという価値観がある。人も企業も社会の一部だ。自分たちが暮らす地域社会や国に対してそれぞれができる範囲で貢献すること、そうしたリーダーたちの交流から新たなプロジェクトが生まれる。これこそがアメリカン・ドリームの本質である。米国は、そうしたリーダーたちによって発展してきた国である。だからこそ、世界中の人々は米国に惹きつけられ、結果として米国のプレゼンスは維持され続けるのだ。
