発災の日を「呪われた日」にしてはいけない
「3月11日に赤飯は不適切である」という前提を無批判に受け入れることは、被災地の人々に対して、非常に残酷な「呪い」をかけることと同じである。その論理を突き詰めれば、3月11日に生まれた子が誕生日を祝ってはならない、結婚式を挙げてはならない、卒業を喜んではならないことに連鎖していく。
では、24年1月1日に最大震度7を記録した能登半島地震の被災者は、二度と正月を祝ってはならないのか。1月1日に「あけましておめでとう」と言い合うことは不謹慎なのか。そんなことを誰が言えるのか。
災害はその日付を「呪われた日」に変えるものではない。グリーフケア(悲嘆支援)の分野でも喪失後の「喜びの禁止」は回復を阻害するとされている。
筆者は東日本大震災の被災者の一人として、たとえば避難所では漫画などの娯楽が被災者の心を癒し繋ぎ止めたことも知っている。悲しみと喜びは共存できる。それどころか共存させることが、生きる力を回復させるレジリエンスとして必要不可欠である。
「呪い」が誰に向けられているかも考えるべきだ。今回の件で、卒業式の主役は赤飯を食べるはずだった2100人の中学生である。卒業生は、まさに15年前の災害のあった年度に生まれた子ども達が多い。
小学校の卒業式では新型コロナ禍の影響を受け、中学校の卒業祝いの赤飯を廃棄された子どもたちに、いわき市は何を示したのか。赤飯を廃棄させたのは、目の前の1件の申し入れだけではない。それを可能にした15年間の「逃げ癖」「事なかれ主義」的な構造と、その問題を問わず温存させてしまった大人達にも少なからぬ責任がある。
