2026年6月25日(木)

Wedge REPORT

2026年6月24日

「ドクターイエロー再生アルミケース」製作を担った、岩戸ネームプレート工業の北村稔社長(WEDGE)

 アメリカのシリコンバレーにはベンチャー企業を生み出す「生態系」が存在するそうだが、東京都江戸川区では「ものづくりの生態系」が生まれつつある。

 この生態系の肝煎りは、北村稔さん(52歳)。岩戸ネームプレート工業という江戸川区の中小企業の社長である。アルマイト染色を得意とする岩戸ネームプレートの社員は18名。歴とした中小企業だが、北村さんは元江東信用組合の営業マンという異色の経歴の持ち主だ。しかも、退職前には2年連続してトップの営業成績を獲得した辣腕営業マンだったという。

 なぜ北村さんは、中小企業の社長におさまっているのだろうか?

「そこ、知りたいところですよね(笑)。僕は信用組合に勤めていた時代、中小企業の社長やキーマンを相手に、『金融機関の言いなりになってちゃダメですよ。自分から金融機関を使うようにならなくちゃいけませんよ』と口を酸っぱくして言っていたんです」

 金融機関の社員でありながらそんな提言すること自体変わっているが、ある日、北村さんの脳裏にこんな疑問が浮かんだという。

「じゃあ、自分が中小企業の経営にかかわる立場だったら、本当にそんなことができるのだろうかと考えたんです。金融機関に真正面から対峙できるのかって」

 同時に北村さんには、ものづくり自体に対する興味もあった。

「江戸川区には東小松川工場会といって、ものづくりの中小企業が80社ほど集まった組織があるんですが、仲間どうし助け合う関係性が面白いと思っていたんです」

 2021年の経済センサスによれば、江戸川区には製造業が約2200あり、特に金属加工や産業用機械のメーカーが多いのが特徴。これらの多くが従業員数名から十数名の中小企業なのだが、家族経営の零細企業の中には廃業していくところが多いという。

「小規模経営の弱点は営業力がない、PRができない、交渉力がないことです。せっかく工場も機械も腕もあるのに、これでは消えていくしかありません。でも、仲間どうしで助け合う関係をもっと生かしていけば、強い中小企業を作れるんじゃないかと思ったわけです」

 かくて2018年4月、北村さんは信組時代の優良顧客、岩戸ネームプレート工業への入社を決意する。当初は経営に参画するだけで社長になるつもりはなかったが、前社長の急逝で社長に就任することになってしまった。2020年10月のことである。

「製造の現場に入ってみると、もう、改善するところしかないんです。何十年も技術的な進歩がなかったり、生産体制もDXどころか超アナログだったり。問題がありすぎて……」

 うんざりしてしまったのかと思いきや。

「毎日毎日、やることがたくさんあって、楽しくて仕方ないんです!」

 北村さん、やっぱり変わった人なのだ。

コロナ禍に訪れた転機

 東小松川工場会の横つながりパワーが輝きを放ったのは、日本列島でコロナ禍が吹き荒れた、あの暗い季節のことだ。北村さんは信組時代に担当していたある会社から、こんな相談を持ちかけられたのである。

「その会社は、コロナ前から足踏み式の消毒液スタンドを中国から輸入していたのですが、コロナで中国からの輸入がストップしてしまった。そこで、同じものを国内で作れないかって、うち(岩戸ネームプレート工業。以下、岩戸と略)に声がかかったんです」

 調べてみると、ネットで販売されている足踏み式消毒液スタンドは4種類しかなく、しかも、この会社が中国から輸入していた商品はステンレス製で2万円と高価だった。

「待てよと。東小松川工場会のネットワークを使って、ステンレスじゃなくて鉄で作れば安く作れるんじゃないかとひらめいたわけですよ」

 北村さんは、信組の営業マン時代から顧客である中小企業が何を作っているのか、どんな機械を持っているのかに興味があり、営業の際は、経営者だけでなく一般の従業員にも「何を作ってるの?」と声をかけることを習慣にしていた。そうした独特の営業スタイルが、ここへ来て花開くことになった。

「どの会社が何をできるかほぼ見当がついていたので、鉄を切る会社、折り曲げる会社、溶接する会社、3社に頼んでスタンド本体を作ってもらい、うち(岩戸)が塗装を担当したんです。そうしたら1万3000円でできちゃった。とりあえず江戸川区に10本寄付をして、区内の小学校70校すべてに東小松川工場会経由で寄付をしてもらったら、それが新聞記事になり、さらにテレビの取材が来て火が点いたんです。もう、放送終了と同時に事務所の電話は鳴りっぱなし。北は山形から南は広島まで、日本中に売れちゃったんです」

 しかし北村さんにとっての最大の成果は、単にスタンドが売れまくったことではなかった。

「僕自身は信組時代から営業活動は慣れたものだったから、テレビに出て火が点く前、完成した消毒液スタンドをワゴン車に積んで、作った仲間と一緒に葛西や新小岩の商店街や飲食店に『これ、置かせてもらえませんか?』って直接売りに行ったわけですよ。そうしたら一緒に行ったみんなが、面白かった、売りに行ってよかったって言ってくれたんです」

 先述の通り、中小企業の弱点は自ら営業やPRができないことにある。東小松川工場会の仲間たちに自ら作ったものを売り歩く経験をしてもらったことは、中小企業の経営者たちの意識改革を進める大きな一歩となったのである。


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