当時の気配が静かに宿る
創作の場
戦後、神戸各所で借り住まいを続けた小磯は、46歳となった49(昭和24)年、新たに自宅とアトリエを設けた。場所は住吉山手(現・神戸市東灘区)で、屋敷の広さは戦前とは比ぶべくもなかったが、アトリエは十分な広さに造られた。その主要な部分がいま、記念美術館の中心に移築保存されている。
外観は洋館の上に古い日本家屋の2階を乗せたような造りで、小磯が追い求めた異文化の融合が感じられないこともない。これを囲む庭園も和洋混じり合い、可能な限り、かつての風情を再現しているという。
内部は、応接室などに使われた場所がいま展示スペースとなり、画家が愛した淡いグリーンの色調で統一されている。その奥が往時のままに再現された画室である。
北側は胸高から上が高窓で覆われ、柔らかな光が差し込むよう設計されている。南は庭に出られるようガラス扉を設け、その左右に大きな書架を置いている。広さはおよそ10畳ほどだろうか、それでも天井が高いのでゆったりと感じられる。外には往時、ブドウ棚が作られていた。
見どころは、所狭しと置かれた家具ほかの品々だろう。バイオリンやリュート、シンプルな木製机に乗せられたガラスコンポートや珈琲ミルなど、みな小磯の静物画で見覚えあるモチーフばかりで、他にもモデルが使ったパラソルや帽子、椅子などがそのまま残されている。いまにも画家がそこに現れて、絵筆を取りそうな空気感を醸し出す。机には絵の具が山のように盛り上がったパレットが。小磯はパレットを洗わず、そのまま絵の具を上に乗せてゆくのが癖だった。
戦後の小磯は、藝大教授となって後進の育成にあたりつつ、舞妓をはじめ様々な女性像を描き続けた。衰えぬデッサン力、人物の内面までが写し取られたような表現力で、変わらぬ人気を博した。八千草薫の可憐な美しさを描く2作が今回、展示されていたが、私が惹かれたのは、歳を重ねた妻を描いた肖像画だった。2人の娘の少女時代の画とともに、小磯は生涯、これを手元に置いて手放そうとしなかった。画家の眼が追っていたのはハイカラな神戸ではなく、家族が仲睦まじく暮らす神戸だった、そんな気がした。
