忙しい人では「働きすぎ」による疲れと思われたり、年配になると「更年期」や「加齢」による衰えと容易に見間違えられる。そのため、適切な医療を受けることなく放置される(「過少医療」と呼ぶ)リスクが高い。
高齢者の場合、さらに典型的な症状が出にくく、S.G.さんのようにうつ病や認知症に似た症状として現れることもある。
甲状腺ホルモンの調節メカニズム
甲状腺は「のどぼとけ」の下に位置する蝶のような形をした臓器で、全身の代謝を調節する甲状腺ホルモン(遊離型サイロキシン[FT4]と遊離型トリヨードサイロニン[FT3])を分泌する内分泌器官である。「遊離型」とは、血液中でタンパク質と結合せず、身体のさまざまな組織に作用を及ぼすことができる活性型のホルモンだ。
なお、甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンはほとんどがFT4で、肝臓でそれが変換されて代謝をより活性化できるFT3になる。FT3は甲状腺の機能亢進症でより鋭敏な指標となるが、話が複雑になるため今回の機能低下症の説明では省略する。
私たちの身体で代謝を一定に保つ仕組みは、高度な司令系統によって制御されている。甲状腺ホルモンについては、視床下部(Hypothalamus)―下垂体(Pituitary)―甲状腺(Thyroid)が連携する「HPT軸」として知られている。
視床下部は、大脳と脳幹の間にある間脳の底部に位置し、自律神経系と内分泌(ホルモン)系の最上位の司令塔として、体温、食欲、水分量、睡眠、情動など、身体のホメオスタシス(恒常性)を維持する極めて重要な器官だ。HPT軸の働きとしては、TRH(甲状腺刺激ホルモン[TSH]放出ホルモン)を分泌する。
下垂体は、脳の底部にある直径約1センチの重要な内分泌器官で、数多くのホルモンを分泌する。HPT軸については、視床下部から分泌された指令(TRH)が下垂体に伝えられて、それに反応して、TSH(甲状腺刺激ホルモン)が分泌される。
次にその下垂体からの指令(TSH)が、甲状腺へ伝えられて、甲状腺ホルモン(FT4)が産生・放出され、全身の代謝を活性化するのだ。
絶妙なバランスをとる「負のフィードバック」
こうした「アクセル」に相当するHPT軸の司令系統に加えて、生体には「ブレーキ」の役割を果たす「負のフィードバック」機能も備わっている。
血液中の甲状腺ホルモン(FT4)が減少すると(甲状腺の機能低下)、上位の司令塔である視床下部と下垂体ではそれを感知して、それぞれTRHとTSHの分泌を増やす。その結果FT4が分泌される。
逆に、FT4の分泌が行き過ぎると(機能亢進または過剰補充)、視床下部と下垂体ではそれを感知して、それぞれTRHとTSHの分泌を減らす。その結果FT4の分泌は抑制される。
こうした「アクセル」と「ブレーキ」の両方の機能を備えることで、私たちの身体の代謝は絶妙なバランスを保っているのだ。
このHPT軸で3者が連携する最大の目的は、全身の細胞や臓器の代謝を最適に維持すること、そして下垂体による増幅機能を通じて、ホルモン濃度のわずかな変動を鋭敏にキャッチし、生体のホメオスタシスを保つことにある。
