不必要な薬物治療の継続は、単に個人の医療費や国の社会保障費を増大させるだけではない。最大のリスクは、ホルモンが過剰になることで引き起こされる「医原性甲状腺中毒症」だ。過剰な治療は、高齢者において心房細動などの不整脈、骨粗鬆症による骨折、さらには認知機能障害のリスクを明らかに高めることがわかっている。
漫然とした治療を疑う家庭医の臨床研究
2026年、オランダの58カ所の家庭医診療所で実施された研究が、この「漫然とした治療の継続」に一石を投じた。
60歳以上のレボチロキシン服用者370人を対象としたこの研究では、段階的に投与量を減らし、中止を試みるプロトコルが実施された。その結果、研究参加者370人のうち、95人(25.7%)がレボチロキシンの服用を中止することに成功した(服用中止1年後もTSHの上昇なくFT4が基準値内にあった)。
レボチロキシン1日50μg以下の少量投与だった88人の参加者では、56人(63.6%)が中止に成功した。しかも、中止によって生活の質(QOL)や症状が悪化することはなかった。
この知見は、慢性疾患における「デプレスクライビング(減薬・脱処方)」の重要性を示している。研究デザインがランダム化比較試験でないという限界はあるものの、家庭医の診療のリアルワールドを映す研究からのエビデンスは示唆に富む。特に高齢者においては、若年期に開始した治療が現在も本当に必要なのか、副作用のリスクが有益性を上回っていないかを定期的に検証する必要がある。
「甲状腺ホルモンが枯渇してた時は、オンボロの夜行列車に乗ってどこかに連れて行かれるように不安だった。映画作りに似ていたわ」
「あれっ、フランソワ・トリュフォーがそんなことを言ってましたよね。『アメリカの夜』だったかな」
「そう。『君や私のような者は映画のなかにしか生きられない。私達は映画という夜行列車に乗っているようなものだ』ってね」
「S.G.さんは、まだ夜行列車に乗っているんですか。それとも下車できたんですか」
「下車できたと思います。でも今度は薬をさらに減らして自分の足で歩くことへの挑戦ね。先生、よろしくお願いします」
