甲状腺ホルモンの指標で理解できる病態
このようなHPT軸の正と負のフィードバックのメカニズムを知っていると、血液検査でのTSHとFT4が基準値に対してどうなっているかで、病態を特定することができる。
① TSH上昇 + FT4低下 = 顕在性甲状腺機能低下症
甲状腺の機能が不調でFT4を作れない。そのFT4低下を下垂体が感知してTSH分泌を増やしている状態。
② TSH上昇 + FT4正常 = 潜在性甲状腺機能低下症
甲状腺の機能が落ち始めているが、下垂体からの上昇したTSHの指令によってなんとか正常範囲のFT4を絞り出せている状態。
これは生体の「代償期」と呼ばれる病期に相当する。乗馬に例えると、鞭を入れることで馬を走らせている状態であり、治療的介入が必要かはTSH上昇の程度や患者の年齢、妊娠(甲状腺ホルモンの必要性が高まる)や合併症の有無によって慎重に判断する必要がある。
③ TSH低下または正常 + FT4低下 = 中枢性甲状腺機能低下症
FT4が低下しているのに、司令塔(視床下部や下垂体など)が適切な指令(TRHやTSHの分泌)を出せていない例外的状態。司令塔や制御メカニズムそのものの障害を意味する。
甲状腺機能低下症の治療:過剰医療の落とし穴
甲状腺機能低下症と診断されると、標準的な治療は甲状腺ホルモン薬であるレボチロキシンの内服である。通常、この「ホルモン補充療法」は生涯にわたり必要になると考えられている。
見過ごされて診断のチャンスを逃す過少医療のリスクが高い甲状腺機能低下症であるが、いったん診断されて治療が始まると別の問題が浮上する。それは「漫然とした治療の継続」という過剰医療だ。
甲状腺機能低下症の第一選択治療薬であるレボチロキシンは、(日本ではそこまでではないが)世界中で最も処方されている薬剤の1つである。ただ、現在の診療ガイドラインでは、処方を中止するための再評価についての言及がないため、多くの場合長期にわたって処方が継続されている。
特に、1998年ごろからの20年間にかけてはレボチロキシンの使用が増加しており、これは、潜在性甲状腺機能低下症の治療が増加したことに起因すると考えられている。健康診断や人間ドックで甲状腺機能検査が一般化したり、高感度TSH測定法が広く普及したことで、以前は見逃されていた軽微な甲状腺機能の異常が容易に数値化できるようになったことが関係していると言われる。
ただ、潜在性甲状腺機能低下症の最大6割までが一過性であり、60歳以上の潜在性甲状腺機能低下症の治療には臨床的有益性が乏しいというエビデンスがあることを考えると、レボチロキシンを服用している多くの高齢者では、不必要な治療(過剰医療)を受けている可能性がある。
