国境線での中国との資源争奪戦におけるベトナムと日本の明暗
ベトナムがフランスから独立した1954年に、中国は西沙諸島(パラセル諸島)の一部を占拠。さらにベトナム戦争中の1974年には、西沙諸島全域を占領して現在に至るまで中国が実効支配している。ベトナムは独立当初から西沙諸島の領有権を主張しており中国と対立してきた。
2014年5月に中国が大型石油掘削リグと支援艦船団を、ベトナムと中国海南島の中間線のベトナム側海域に派遣して、石油掘削作業を開始。ベトナムは即座に沿岸警備隊と海軍を派遣すると、同時に中国側の国際法違反を国際社会に広く訴えた。結果として、日・米・アセアン諸国等による中国非難の大合唱の中で、3カ月後の8月に中国は掘削作業を中断して撤収した。潜在的武力行使を背景にした、ベトナム政府の国際世論を味方につけた見事な外交的勝利であった。
他方でほぼ同様の日中間の国際法上の紛争事案がある。2003年に東シナ海の日中両国の中間線海域で中国が事前通告もなく突如一方的に石油資源掘削を開始した。日本政府の再三の抗議と協議要請を無視して、2005年には春暁ガス田として商業生産を開始してしまった。この背景には当時の日本国内の政治情勢が透けて見える。“日中友好”派の政治家が経済産業省や外務省に“中国を刺激しない穏便な対応”を指示していたのだ。日本政府は与党内に多数の親中議員を抱えており“及び腰”とならざるを得なかったのだろう。
20年後の現在では春暁ガス田は20基の海上構造物を擁する天然ガス生産基地となっており、パイプラインで上海経済圏一帯に天然ガスを安定供給している。他方で日本は未だに“中国の反応を忖度”してこの水域での資源開発作業を一切停止したままである。
日本政府が四半世紀かけて話し合いによる解決を呼び掛けている間に、日本の貴重な地下資源が一方的に奪われ続けてきたのだ。やはり“衣の下に鎧のない友好的協議”は戦狼外交の中国から見れば“単なるお人好し”なのだろうか。
直近では、2023年7月に尖閣諸島付近の日本の排他的経済水域(EEZ)に、中国は観測用ブイを設置した。日本政府の再三の撤去要求をスルーして観測を継続。違法な設置から1年半以上も経過した2025年2月に中国は当該ブイを撤去した。中国外務省は「国際法と国内法に基づいて科学的調査を行ってきたがデータ収集作業が完了したので観測ブイを撤去した」と発表。つまり尖閣諸島が中国の領有権の下にあると中国外務省が内外に宣言しているのだ。
ベトナムでは経済大国中国に呑み込まれるリスクを民間人も共有している
12月7日。ニャチャンのホステルでハノイ出身の35歳の女性リンと遭遇。リンは大学卒業後にハノイの大手国営企業で企画部門に長年勤務してきたインテリ女性である。彼女は35歳の誕生日に退職して半年間の予定で東南アジアと欧州を巡る途上であった。帰国後は経験を活かして起業する計画であった。
リンによると、ベトナム人は歴史上常に国境を接する大国中国を警戒してきた。秦漢時代から唐代までの“1000年の中国による支配”をベトナム人は決して忘れないという。中国経済の巨大なパワーにベトナムが呑み込まれる危険性を、ベトナムは警戒していると強調した。そのためベトナム政府は中国の提唱する一帯一路構想にも案件ごとに是々非々で慎重に選別しているという。
リンの勤務していた国営企業でも、中国企業向けの輸出比率が大きくなり経営陣の一部の改革派は中国企業の下請けのような立場になることを真剣に懸念していたという。経営陣の間ではかなりの激論があったが最終的に中国依存度を下げる方針に変更した。採算的には厳しく技術的にも難しいが日本や米国向けの取引を拡大して中国依存度を下げる努力をしたとのこと。
ベトナムでは官民ともに大国中国への警戒を怠らないという歴史から学んだ民族の教訓が脈々と継承されているようだ。
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