2026年6月21日(日)

橋場日月の戦国武将のマネー術

2026年6月21日

 ともあれ以上はあくまでも基礎賃金。当時、現場労働者には「酒直」というものもあった。〝しゅちょく〟と読み、「直」は「値」と同義だから、そのまま酒手(さかて)・酒代を意味する。賄いで提供する酒・食糧またはそれに見合う金銭のことだ。昔の時代劇がお好きな方なら、よくこんな場面をご覧になったはず。

 「えへへへ、旦那ぁ(〝お内儀ぃ〟の場合もある笑)、もう少〜しだけ酒手をはずんでいただけませんかねぇ。さもないとここから先には一歩も進めませんや」

 悪質な駕籠かきがこんなことを言って客から銭を強請(ゆす)る、それが酒直、つまりチップの様なものだ。相場は1人1日米1升分だから、大工・船頭・筏師トータル11石、約50万円相当と導き出せる。

 これが非戦闘員である搬送・建築セクターの人件費だ。

墨俣砦の資材費

 次に資材費。長尺(2間半)の松・桧の材は250本の内訳を松材200、桧材50本とし、短尺(1間半)で太いものは松5000本、同じく細いものは8500本。

 松材は1間100文、桧材は当時も高級品でその10倍以上したはずだから1貫文として計算しよう。短尺松材は太・細の1間当たり単価を100文と50文に仮定。

 すると導かれる金額は1562.5貫文、現代の価値で1億5625万円以上となる。

 舟類については価格不明なので勘定には入れないが、このために新造するものではないので船頭・水夫の賃金に含まれるものとする。最後に、現地に携行する火縄銃だが、当時の銃の値段が10貫文なので75挺なら7500万円。しかしこれも消耗する訳ではないから短期の必要経費には計上しなくて良いだろう。むしろ火薬・弾薬の費用を考える方が重要である。

 75挺の火縄銃が3日間で使用されたのは2度。9月12日、13日の合戦で「種子島を打ちまくり」「激しく鉄砲を打ち合い」と『文書』にある(時代的に「打ちまくり」という語法があったか怪しいものだが)。

 当時1挺当たりの弾薬準備量は200〜300発とも言われ、この場合の秀吉勢もその最少の200発と仮定してその3分の2を撃ち尽くしたとすれば、130発程度になる。当時の弾薬1発当たりが現在の600円程度かかったというから、75挺✕130発✕600円で585万円だ。


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