安倍晋三元首相や高市早苗首相を世界で最も敬愛している外国は台湾であろう。サッカーW杯では日本が勝利すると台湾のSNSに歓喜が広がる。これらを「親日」の一言で括るのではなく、日台関係の大切な景色として今後に生かしたい。
台湾には健全な民主主義があり、同じ第一列島線に身をおき中国の軍事拡張に対応するという共同の目標がある。日台関係を強化しない理由は見当たらない。
日本政府の発行する「外交青書」2025年版で台湾は「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値や原則を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり、大切な友人である」と書かれている。同じ外交青書は10年版で「緊密な経済関係を有する重要な地域」としか書かれていなかった。この認識の変化は長足の進歩であると言えるだろう。
台湾の意味を
日本人は問い直すべき
今日、日台友好は国民的コンセンサスになっている。日中友好が両国の対立で死語化したことと対比すればその違いは鮮明だ。しかし、我々は「中国か台湾か」の二択を迫られる必要はない。それはあくまでも中国が日本をはじめ諸外国に押し付けようとするロジックであり、我々には我々の台湾との付き合い方がある。外交関係があるかないかは本質的な問題ではない。中国も日本にとって国益上、重要な隣人である。
一方で、台湾の重要性はもっと日本人の精神的な領域に関わる問題であると筆者は考えている。だからこそ、自分にとっての台湾の意味を、日本人一人ひとりが問いかけて、探すべきなのではないだろうか。
台湾はなお、中国の統一圧力にさらされ、内部に激しい政治対立があり、デマも含めた世論工作も常にシビアに展開されている。台湾の世論は日本人の想像以上に揺れやすい。米国のトランプ大統領の台湾に関する態度や発言も今ひとつ信頼がおけないことも否定しがたい。そんな中で、台湾を米中の間で漂流させるべきではない。台湾人2300万人が自らの将来を自分たちの意思で決めることができる日まで、台湾が主体性をもった存在であり続けられるように、日本人は報恩の思いを込めて陰に陽にエンカレッジする(勇気づける)役割を担っていける。
日本と台湾の関係について、政治家が好むような「同盟」や「共同体」というような実現性の定かではない大仰な言葉で定義するよりも、まずは台湾に関心を持ち、台湾に足を運び、台湾を知る。それは、日本人が想像するよりも、常に孤立と分断の危機の中にある台湾の人々にとって、得難い応援になるのである。
