「保険とは、不測の事態に備える仕組みである。誰もが突然、大きな病気やけがに見舞われる可能性がある。その時に、予期せぬ高額な医療費から患者を守ることが高額療養費制度の本来の役割である」
今回の制度改正も、高額療養費制度そのものを縮小することが目的ではない。坂元氏は、「高齢化が進み、高額な医薬品や治療法が増える以上、制度自体の改善は必要である。しかし、『患者負担増』という一点だけが注目され、制度を将来にわたって維持するための改革という本来の意図が十分に伝わらなかったことも、今回の混乱を招いた要因ではないか」と分析する。
つまり、高額療養費制度は「患者を守る制度」であると同時に、「医療保険を守る制度」でもある。制度改正の是非だけを議論するのではなく、将来にわたって制度を維持するために、どう改善していくのか。その視点こそが、重要なはずだ。
医療を守るために
変えるべきこと
では、日本の医療を持続可能なものとするために、何を変えるべきなのか。慶應義塾大学大学院商学研究科教授の伊藤由希子氏は、「『負担』ではなく『供給』自体に目を向ける必要がある」と指摘する。
「患者負担にするか、公費負担にするかという綱引きをしていても、見かけ上、公費で賄われる医療費が減るだけである。実際に供給された医療に対する費用が抑制されているわけではない」
つまり、患者が負担するか、税金で負担するかという議論は、医療費の「支払い方」を変えているに過ぎない。本当に見直すべきは、医療というサービスそのものに無駄がないか、限られた医療資源が適切に配分されているかという視点である。
「高額療養費制度の議論において『供給』に目を向ければ、高額な治療が必要にならないよう予防医療を充実させることも考えられる。他にも、現行制度(7月末まで)では外来特例として70歳以上の一般所得者には外来診療の自己負担額に月8000~1万8000円の上限が設けられている。こうした仕組みは患者の頻回受診や、過剰な医療提供が起きていても、その実態が見えにくい。年齢のみを基準とした 合理的な根拠が乏しい区分や、適用の優先順位を改めて検証すべきではないか」と伊藤氏は指摘する。
医療機関は診療報酬制度の下で運営されており、その仕組みは医療提供の在り方にも少なからず影響を与える。適切な医療を持続的に提供するには、医療の質だけでなく、それを支える経営の在り方も議論しなければならない。
心臓血管外科医であり、自ら病院経営にも携わるニューハート・ワタナベ国際病院総長の渡邊剛氏は、「診療報酬は国の政策誘導として一定の役割を果たしてきた。しかし、それだけで病院経営を維持することは難しい。医療機器や薬剤などには消費税が課される一方、患者に請求する診療報酬には消費税を転嫁できない。この構造だけを見ても、医療機関は慢性的に厳しい経営を強いられている」と話す。
