2025年12月5日(金)

日本の医療は誰のものか

2025年9月16日

 これまで様々な医療問題を取材してきたが、その度に思うことがある。それは「日本の医療は誰のものか」ということだ。

(STELLALEVI/GETTYIMAGES)

 「日本人は医療を神聖視しすぎている」「軽症患者ほど理不尽な要求をしてくる」「病院を生かすも殺すも患者次第」──。医師からはこんな声があがる一方で、患者はこう言う。

 「薬が効かないと言ったらどんどん追加された」「同じ金を払うなら大病院の専門医のほうが安心」「いい医者に出会うことがこんなに難しいこととは思ってもみなかった」──。

 私がこれまで医療問題の取材を通じて聞いた、忘れることができない言葉である。しかも、医師と患者で見事な対立構造になっている。お互いへの不満、不信感と言ってもいい。

 日本には、フリーアクセスや国民皆保険、診療報酬などの制度がある。だが、それらの制度を盾に、例えば医師側には、短い時間で診察を済ませ、回転率を上げるという経済原理が働きやすくなり、患者側には、過大な医療信仰・病院信仰が生まれて、医師も一人の人間であることすら忘れ、過剰な要求をする。つまり、双方が医療を〝私物化〟し、対立しているわけだが、この背景には制度が助長している面もある。

日本人に必要な
ヘルスリテラシーの向上

 「医療資源にも財源にも限りがある中で最適な資源配分を通じて、人々の健康につなげられるかが問われている。量重視の〝More is better〟から、質重視の〝Less is more〟という考えが国民の間でもっと共有されても良いのではないか」

 医療経済学者で一橋大学国際・公共政策大学院教授の井伊雅子氏はこう話す。それは将来にわたって日本の医療を持続可能なものにしていく一つのカギになるのかもしれない。

 図1を見てほしい。これは、米国の地域住民の受療行動を分析した研究結果だ。1カ月間の1000人の住民に発生する健康問題とそれに対する住民の受療行動を見ると、250人が医療機関を1回以上受診し、入院は9人、家庭医以外の他科専門医に紹介されたのが5人、大学病院での治療が必要な人はたったの1人であった。60年以上前の1961年に行われた研究だが、井伊氏によると、2001年に米国と英国のデータを用いて同様の研究が行われた結果、基本的な地域住民の受療行動には変化がなかったという。

 米英と日本の医療制度は異なるため、一概に比較することはできないが、日本の場合、この研究結果と異なり、現行制度のもと、軽症でも多くの患者が大(学)病院に集中していることは明らかである。


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