企業側としてはあまり強く出ては優秀な人材の流出を招くとあって、お互いの探り合いという時期が長く続いたのである。コロナ禍が明けて、全てがノーマルに戻ってもこの「綱引き」は続いた。
やがて、23年から4年の時点では、週3日出勤、つまり原則として月曜と金曜は在宅で、火水木のみ出勤というのが、ニューヨークをはじめとする大都市の知的労働者の「常識」として均衡した。企業側は、その後も強く出勤を促しており、現在は週4日出勤という企業も多くなっている。
出勤を促す以上は、オフィスが魅力的でなければ優秀な人材が逃げるということから、豪華なオフィスを建設する動きもある。JPモルガン・チェースは、マンハッタンのパーク街の超一等地に60階建ての完全な新築オフィスを立てたが、オフィス内にはレストランからジムまであり、快適にオフィス・ライフを満喫できるようになっている。
けれども、従業員の評価は厳しく、新社屋と引き換えに出勤を強制されることへの抵抗感は強いということだ。現在はマンハッタン島の治安は、相当に改善が進んでおり、通勤の不安は解消されつつあるが、何と言っても家族を大切にするカルチャーの強いアメリカでは、一旦手に入れたワークライフバランスを手放すことへの抵抗は根強いものがある。
企業が出社を求める本当の理由
アメリカの場合、リモート勤務への評価はかなり定まっている。そもそも、コロナ禍のはるか以前となる、10年前後からテック業界や、純粋な事務業務、カスタマーサービス(CS)などの職種では、業務のリモート化が進んでいた。セキュリティの確立したネット環境や、カメラとマイクを使ったPCによるビデオ会議、さらには社内のチャット環境などが整備されるに従って、在宅勤務(ワーク・フロム・ホーム)が静かに浸透していったのである。
その頃から経営陣の認識としては、デイリー業務の生産性に関しては、オフィスへの出勤よりリモート勤務の方が優れているという理解がされていた。様々な調査結果もそれを裏付けていた。
従って、現在でも大雪やハリケーンなどの自然災害、あるいは交通機関のトラブルなどの場合には、ほとんど全ての職場がリモートになるし、場合によっては地方自治体がそのように要請する場合もある。そうした場合にリモートに切り替えることは、経営陣も全く躊躇はない。
では、どうしてコロナ禍の収束後は出勤を促す動きが出ているのかというと、建前としてはオフィスの何気ない会話の中に新規事業や業務改善の芽があるという説明がされている。同僚間の対面で自由な会話を促すことで、中長期課題解決の生産性が上がるというのであり、一見すると説得力はある。けれども、実際の経営陣の本音としては、対面での雑談がイノベーションに結びつくというのは、あくまでファンタジーであり、根本的な理由は「情報漏洩の防止」に尽きるようだ。
インサイダー取引に神経質になる中で、情報漏洩が巨額なダメージに結びつく金融機関が、とりわけ出勤に固執するのはこのためだ。また、今年に入ってシリコンバレーのテック系の各企業の多くが、週5日出勤を従業員に強制しているのも、AIの進歩するスピードが加速する中で、独自のアルゴリズムやユーザーインターフェース(UI)の漏洩については、非常に神経質になっているためである。
