転ばぬ先の杖は、自分の手だった
ガンになって分かったことがある。健康とは、病気になってから頑張ることではない。病気になる前から忘れないことである。私は健康法を知らなかったわけではない。
知っていた。しかし守れなかった。いや、正確には忘れていた。だから今は毎朝、自分の手を見る。
5本の指は何もしゃべらない。しかし、
「今日は歩いたか」
「今日は食べ過ぎていないか」
「今日はよく眠れるか」
静かに問いかけてくる。健康とは根性ではない。仕組みで続けるものなのである。もし「山師のガンファイター」を読んでくださっている仲間がおられるなら、今日一度だけ手を開いていただきたい。
その5本の指を、健康を守る五つの誓いにしてほしい。私は今日も、この小さな「転ばぬ先の杖」を握りしめながら、終わりの見えないマラソンを歩いている。
速く走る必要はない。途中で休んでもいい。ただ、また歩き出せばいい。それが、ステージ4と付き合う私がたどり着いた、一番現実的な健康法なのである。
健康五つの誓い
- 親指 血糖を整える
- 人差し指 よく眠る
- 中指 毎日歩く
- 薬指 良質な栄養
- 小指 腹六分目
「毎朝、手を開けば健康を思い出す」
私は今日も、その小さな「転ばぬ先の杖」を握りながら、終わりの見えないマラソンを歩いている。速く走る必要はない。
立ち止まる日があってもいい。また歩き出せば、それで十分である。毎朝、私は自分の手を開く。親指は血糖を思い出させ、人差し指は「今日は早く寝よう」と教え、中指は「少し歩こう」と背中を押し、薬指は「身体との約束を忘れるな」と語り、小指は「もう一口は余計だぞ」と、苦笑いしながら私をたしなめる。
若い頃、石川啄木は「働けど働けど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」と詠んだ。
後期高齢者になった私は、少しだけ違う。
「歩けど歩けど猶わが健康安心ならざり それでも今日も、ぢっと手を見る」
そして思わず一人で笑う。どうやら私の手のひらは、健康手帳にもなれば、転ばぬ先の杖にもなるらしい。この5本の指と付き合っている限り、私はまだ人生という長いマラソンを、機嫌よく歩いていけそうである。
