2026年8月7日(金)

脱「ゼロリスク信仰」へのススメ

2026年8月7日

 人類は「乾いた暑さ」に適応した生き物である

 進化的にみれば、ヒトは大型哺乳類の中でも屈指の「発汗の名手」である。体毛を減らして裸の皮膚を蒸発面とし、200万〜400万個の汗腺から毎時1〜2リットルもの汗を出す。その結果、日中の暑いサバンナで獲物を追い続ける持久狩猟が可能になったのだ。

 だが、この優れた冷却装置には決定的な欠陥がある。汗は「蒸発して初めて」体を冷やすのであり、その効率は湿度に強く依存する。ヒトの身体は、アフリカの乾いた暑さに最適化されているので、高温多湿はもともと苦手なのだ。これはライオンと同じ弱点である。

 そんな人類が高温多湿の土地を生き延びてきたのは、行動・建築・人口構成という三つの要素に支えられていたからだ。暑さへの第一の防御は暮らし方だ。

 古代ローマでは、夏の午後にすべての取引や元老院の審議を停止し、人々が一斉に仮眠を取る習慣があった。また、スペインの伝統的な「シエスタ」は単なる怠惰ではなく、かつて農民たちが最も危険な昼の暑さを避けて命を守るための「生き残り戦略」であった。

 文学者フランク・カフカもかつて「午後の短い眠りは、人生を二度味わうようなものだ」と記したように、体を休めることは文化であり生理的な防衛策だったのだ。対して現代の都市生活は、どれほど危険な暑さであっても「エアコンがあるから」と昼間も休みなく働き続けることを人々に強いている。

 第二は建築である。厚い土壁や石壁は昼の熱を溜めて夜に放し、日射を遮りながら風を通し、室内の温度変化を穏やかにする。中庭の水や打ち水は気化熱で空気を冷やす。日本の民家も、深いひさし、すだれ、障子の通風、縁側、打ち水と、電気を使わない冷却装置の宝庫だった。

 ところが現在はガラス張り・密閉・熱容量のない建物に変化し、冷房を前提とした構造で、その排熱がヒートアイランドを悪化させ、さらに冷房を必要にする。私たちは建築のレベルで、自らをエアコン依存へと囲い込んできたのだ。

 第三は人口構成である。熱波が命を奪うのは主に高齢・病気・孤立という脆弱な人たちだが、その数は昔よりはるかに多くなった。日本の高齢化率は50年の4.9%から24年には29.3%へ激増し、平均寿命も戦後の50歳前後から男性81歳・女性87歳へと延びた。加えて近代医療は、心疾患や糖尿病を抱え、体温調節を妨げる薬を常用する人々を増やした。これは大きな改善だが、同時に暑さに弱い人を増やすことになった。

 そして、熱波はいつも人を殺してきた。世界保健機関の推計では2000〜19年に毎年およそ48万9000人が暑熱で亡くなり、03年の欧州熱波では7万人超、10年のロシア熱波では5万6000人が超過死亡した。

 近代化はこの問題の解決を、エアコンという一台の機械に集約した。これは便利で手軽だが脆く、停電で簡単に崩れる。だからエアコンに頼るだけでなく、それ以外の対策も重ねることが重要である。

生死を分けるのは「湿球温度」

 熱中症の危険度を決めるのは、気温そのものではなく、身体の放熱が成立するかである。ヒトの主な放熱手段は汗の蒸発だが、湿度が高いほど蒸発は低下する。


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