新型コロナの免疫ギャップ説は後者への有力な仮説ではあっても、前者への答えにはなっていない。両者を混同して「コロナのせいだ」と一言で片付けてしまうと、説明できていない部分を見えなくしてしまう。
率直に言えば、現時点で「これが決定的な原因だ」と言い切れる材料は乏しい。感染症の数理疫学を専門とする西浦博氏は、18/19シーズンに大規模な流行が起きた理由を問われた際、「最も科学的に誠実な答えは『わからない』」と述べている。
ウイルスの型が香港由来のA香港型に置き換わったことなど、起きたことを事後的に説明する要因は挙げられても、なぜそのタイミングで、その規模で起きたのかを事前に言い当てることは、現在の科学の水準でも難しいというのが実情である。今回の夏の流行についても、免疫ギャップ、渡航、気候、地域ごとの偶発的な集団感染などの候補は挙げられるものの、それらを組み合わせて「これが真の原因だ」と特定できる段階には至っていない。
地震の予測との類似性
この不確かさは、地震予知の難しさとよく似た構造を持つ。気象庁は、地震予知とは「起こる時期・場所・規模の3つを精度よく限定して予測すること」だと説明した上で、「1年以内に発生する」といった大まかな予測は当たっても実用的な価値がなく、「1週間以内に特定の地域でM6〜7規模」といった実用的な精度での予測は、現在の科学知識では極めて困難だとしている。地震発生の背景にあるプレート運動や岩盤の破壊メカニズムという大枠は理解されていても、いつ・どこで・どの規模の破壊が起きるかを決める前兆現象が十分に解明されていないためである。
インフルエンザの流行も同じ構造にある。ウイルスが冬に流行しやすいメカニズムや、集団免疫が下がると流行が起きやすくなるという大枠の理屈は分かっている。しかし、いつ・どこで・どの規模の流行が立ち上がるかを事前に言い当てるだけの精度は持ち合わせていない。どちらの分野も「なぜ起こり得るか」という一般論のレベルでは科学が答えを持っているのに対し、「なぜ今回、ここで、この規模で」という個別事例のレベルになると答えを持てない、という同じ壁にぶつかっている。
その意味で、「夏のインフルエンザ流行の謎」を解く鍵を握っているのは、ウイルスや免疫の仕組みを深掘りする医学研究というよりも、社会全体の免疫状態や人の動きをどれだけきめ細かく観測し続けられるかという公衆衛生の調査・研究体制の問題といえる。
26年夏のインフルエンザ流行は、専門家自身が「わからない」と認める部分が残る。それは科学の怠慢ではなく、地震予知と同じく、複雑な系の個別事象を事前に言い当てることの本質的な難しさを示している。
今できることは、原因を性急に一つに決めつけることではなく、分かっていることと分かっていないことを区別しながら、観測とデータの精度を地道に上げていくことなのだろう。
