あの名曲だって同じ
虫の声をそのままオノマトペ=擬声語として認識する。セミの名前がそうであるように、鳴き声のオノマトペをそのまま名前にしてしまう。
日本人は、音の世界をオノマトペとして認識する。マンガにおける擬音がそのまま映像的に表現されること。虫の名前に鳴き声が付けられていること。どちらも、日本人が自分の身の回りの音を注意深く聴き分け、それぞれを一つのキャラクターとして認識している証左だ。
虫の声だけじゃない。寺島尚彦作の名曲、沖縄戦を歌った「さとうきび畑」。冒頭の「ざわわ ざわわ」という歌声だけで、私たちは真夏の沖縄の風がびっしり生えたさとうきびの葉を揺らす音と映像と空気を思い出す。
耳で旅をしよう。ついでに、自らオリジナルの擬音を創造してみよう。新しい表現を誰もが発明できる。それはオノマトペの発明だ。必要なのは、あなたの耳だけ、である。
日本人の自然に対する感性と日本語の特性。30分の旅を豊かにするのは、日本の文化が根っこにあったりする。
