韓国の「読み方」

2014年10月29日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

軍事政権でさえ手を出せなかった外信

 こうした発言が出てくる背景には、韓国の現代史において外信が占めてきた特別な地位があるように思われる。韓国では1987年の民主化まで、外信あるいは外信記者というのは、軍事政権でさえ手を出せない「アンタッチャブル」な存在だったのだ。

 国内メディアを力で押さえつけた軍事政権も、日米を中心とする外信を統制することは難しかった。国力が弱い韓国としては、経済と安保の両面で生命線といえる日米両国との関係を悪化させるコストは大きかったからだ。毎日新聞を含む日本メディアの特派員を国外追放処分にしたこともあるが、いくら軍事政権でも簡単にそんな処分をできるわけではなかった。1980年代までは、韓国人記者が「我々は書けないから」と政治的に敏感な特ダネを日本人記者に提供することも珍しくなかったという。

 外信がアンタッチャブルだったことを如実に物語るシーンが、昨年末に公開された映画「弁護人」にあった。1981年に起きた公安事件の弁護人となった若き日の盧武鉉元大統領を描いて、観客動員1137万人という大ヒットを記録した映画だ。

 拷問で虚偽の自白を強要された被告を弁護する主人公は、内部告発者を見つけ出して証人に立てようとする。公判前日の打ち合わせで先輩弁護士が「判事は証人申請を棄却するだろう」と心配すると、主人公は「明日の法廷には、外信記者と気骨のある(韓国人)記者を呼んでほしい。外信記者は絶対に必要だ」と手配を頼む。そして、主人公は当日朝、判事に証人採択を迫りながら、脅し文句として「毎日(新聞)とAP通信、それにドイツのZDF(テレビ)が来てる」と言い、判事は証言を認めざるをえなくなるのだ。

メディアを巻き込む激しい党派対立

 1987年の民主化で、韓国の言論環境は劇的によくなった。

 もちろん、問題がまったくなくなったわけではない。金大中政権までは、税務査察で新聞社オーナーを拘束するなどして国内メディアに圧力を加えていたし、盧武鉉政権以降は、現政権にいたるまで国内メディアを相手どった民事、刑事の訴訟を乱発している。メディアの側にも、政府や財閥に対する不透明な対応や、事実関係よりも党派色を重視した論調を展開しがちなどという問題はある。それでも、かなり自由な政府批判も行われるようになってきた。だからこそ、「外信記者だからといって特別扱いするような時代ではなくなった」という意識が出てくるのだろう。

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