Wedge REPORT

2014年12月16日

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 カネもポストも総裁が握ったとなれば、派閥が弱体化するのは当たり前だ。いまでは、国会の進捗を確認する情報収集の場としてのランチが、派閥の最大の効用なのだという。

 「実は派閥弱体化の端緒を開いたのは、90年代の政治制度改革ではなく、89年の小沢一郎幹事長です」

 毎日新聞で長く政治記者を務めた中村啓三氏の解説は目から鱗だ。89年8月に発足した海部俊樹内閣の下で、47歳という若さで幹事長に就いた小沢は、政治資金集めのフローを大きく変えることに専心する。

 「リクルート事件や消費税導入で人気が凋落していた自民党が翌年に迫った総選挙に勝つには、カネに頼る以外にないと考えた小沢は、経団連に献金のとりまとめを要請するというそれまでの慣行を破りました。

 財閥など企業グループごとに直接、献金額の交渉を行っていったのです。企業側は資本金で献金額の上限が定められていることを理由に大幅な増額に難色を示しましたが、子会社ごとに献金すれば全体でこの程度積みあがるはずだと譲りません。結果、300億円の目標に対し、260億円程度の献金を党本部に集めたと言われています。

 あおりを食ったのは派閥です。もう企業に派閥に回す金はありません。盆暮れに配るモチ代にも事欠いた派閥には、党本部から頭数に応じて資金援助がなされました」(中村氏)

 それから四半世紀。いまでは国庫からの政党助成金が最大の収入源だと聞くと隔世の感がある。

 「自民党総裁は1人で党全体の6~7割の力を握っている」

 中村氏によれば、幹事長時代の大平正芳はしばしばこう口にしたと言う。派閥全盛の時代に6~7割なら、いまの首相はいったい何割だろうか。

自民党「解散史」にしっかり学んだ安倍晋三

 これだけ集中された力を、解散権という大権の実行時に投下させることができるかどうかが分かれ道だ。肝心なのはタイミングである。

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