――両方の国で受け入れられず、時には自分たちの背景を利用し生きていく姿は、身近な例で言えば、在日韓国・朝鮮人の方々もそうなのかなと思います。
矢口:そうですね。日本における在日韓国・朝鮮人の方々だけではく、日本からブラジルへ渡った人たちなど、単に日系アメリカ人の研究のみならず、そもそも移民とは何だろうという手がかりになるような考え方や物の見方が満載です。
また、研究書で、値段も安くないのですが、抽象的な話だけではありません。日系人は、現地で農業を営んでいた人が多いのですが、アメリカの人があまり栽培しないような農作物を作っていました。その中にはアスパラガスの栽培に成功した人もいたりと、日本ではあまり知られていないような具体的なエピソードもたくさん出てきます。そういった意味では、海外に駐在しているビジネスマンが読んでみると、自分と共通する面を見出したりするかもしれませんね。
――続いて2冊目の『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』(講談社現代新書)は、アメリカ側の資料から日本兵や日本軍像を明らかにした本なんですか?
矢口:そうなんです。これは第2次世界大戦当時、アメリカ軍の諜報部が、兵士向けに発行していた雑誌を非常に丁寧に読み、当時の雑誌に日本兵がどのように描かれていたかを紹介した本です。
これまでの研究では、戦時中、日本人はアメリカ人を野蛮だと、逆にアメリカ人は日本人を卑怯だとみなし、そうした人種偏見が底流にあると言われていました。だからこそ、残虐な結果になったとも言われています。それ自体をまったく否定はしないのですが、本書を読むと実はアメリカ軍は日本軍や日本兵を非常によく観察していたことがわかります。たとえば、日本兵は非常によく訓練され、組織だっているけれども、マニュアル通りに物事が進まないと混乱するだとか、奇襲を仕掛けてくる怖い存在であった日本兵の動きをどう考えればわかるかといったように。
そのためには日本兵を非人間的な、超人的な人間として描くのではなく、彼らも自分たちと同じ人間だと、だから絶対に理解できるし、それを出し抜くにはどうしたらいいのかということが描かれています。日本史研究が専門ではないので、果たしてこの本に書かれている日本兵像がどこまで正しいのかはわかりません。ただ、アメリカ研究の立場からすると、極めて面白い本だと思いますし、新書なので非常に読みやすくお薦めです。
――最後が一転してマンガですか?
矢口:北海道出身のマンガ家・荒川弘さんの『銀の匙』(小学館)です。これは、札幌育ちの主人公が進学校進学という親の期待に添えず、全寮制の十勝の農業高校へ進み、酪農で奮闘する姿を描いたマンガです。北海道の酪農は、跡継ぎの問題や海外産の乳製品との競争も非常に厳しく、ものすごく苦しい状況にあります。このマンガでも酪農が非常に厳しいものであることを描いています。でも、都会の人たちは北の大地に対する憧れを抱いていますよね。そのギャップをこの本が埋めるのか、それとももっと大きくするのかに関心がありますし、酪農という厳しい世界を描いたマンガが、都会で人気が出るというのに興味がありますね。もっと言えば、これは現代の日本の都市文化と地方との関係性を考える上で、色々なことを考えさせるマンガです。
私自身、札幌で育ったのですが、札幌は北海道の中で乖離した存在です。北海道の人口の4割近くが集中していますし、都会で、東京に目が向いています。ですから、進学校へ行って、良い企業に入るという道があるところで、酪農を継ごうという人はなかなか出てきません。私自身も酪農に進む道を一度も考えず、東京に出てきていますが、帰るたびにそうした地域が疲弊している姿を目にします。この本を読んだ人たちには、北海道を訪れて欲しいと思いますね。