――続いてご登場いただくのは、今年8月に『子育ての哲学:主体的に生きる力を育む』(ちくま新書)を刊行され、当コーナーで「哲学から問う子育ての本質」をインタビューさせていただいた山竹伸二氏。まず1冊目はどんな本を選んでいただいたのでしょうか?
山竹:ここ最近、子育ての問題について執筆してきましたので、それに関連して読んだ本を3冊紹介させていただきます。まず1冊目は、精神科医・中井久夫さんの『中井久夫コレクション3 「思春期を考える」ことについて』(ちくま学芸文庫)。中井さんは日本中の精神科医から尊敬されている人物ですが、この本では思春期に関する優れた論考が集められています。どれも読みごたえがありますが、私が一押しなのは、サリヴァンというアメリカの精神科医についての論考ですね。
――具体的に、それはどんな論考なのでしょうか?
山竹:サリヴァンは、前思春期と呼ばれる小学校高学年から中学生くらいまでの時期を非常に重視しています。一般的に、幼児期の親子関係がその後の人生を左右する、という考え方が広く受け入れられていますが、前思春期に親友ができれば、幼児期に生じた心の歪みも修正できる。後に精神病につながるような葛藤や不安、トラウマも、この時期の濃密な人間関係によってかなりフォローできる、というのです。
前思春期はこれまであまり注目されにくかった部分があります。思春期、青年期のような激しい苦悩が前面に現われる時期に比べ、反抗期前の静かな時期という印象が強いからでしょう。ただ、サリヴァンや中井さんの論考を読むと、この時期の人間関係がとても繊細で重要な意味を持つことがわかります。
子供は小学校3,4年生頃まで、まだかなり自己中心的ですよね。ところが高学年になると、親しい相手の喜びや安心感が、自分と同じくらい大事なものになってきます。まわりから愛されることばかり求めていた子供が、愛することが可能になるのであり、サリヴァンや中井さんの言葉を借りると、前思春期は「愛」の能力の開花が見られる時期なのです。
一方、精神病者は相手の視点に立つことが難しいため、相手が感じていることを感じ取れず、相手との意思疎通も難しくなっている。それも思春期、青年期における発病が大変多い。そこに陥る前の前思春期に、濃密な人間関係を築くことができれば、相手が自分と同じくらい大事な存在になり、相手の身になって考えること、相手の視点に立つことができるようになります。その結果、精神的な病に罹りづらくなるわけですね。これはとても希望の持てる考え方と言えます。
中井さんの本は明快な言葉で書かれていて読みやすいですから、この論考だけでなく、他の思春期に関する論考も深い洞察に満ちており、どれもお薦めです。