さらに、国家を動かすエリートの多くは富裕層でグランゼコール出身という共通した背景を持ちます。社会学者のブルデューが文化資本という言葉で指摘したとおり、移民が国家の中枢に入るのはかつては容易ではありませんでした。社会保障の面でも雇用の面でも、移民の人たちを一定程度フランス社会に統合することができたのは、経済成長が基礎にあったのです。それが困難となり失業率が上昇すると、移民の人たちへの不満が高まってきます。
経済成長の鈍化も、失業も、財政赤字もグローバル化と新興国の台頭が進む世界における構造的な問題なのですが、多くの国で、苦い薬を飲むよりは「他者」の責任にしようというポピュリズムが蔓延しています。欧州各国で移民増加に対して厳しい姿勢を取る右派政党が支持率を伸ばしています。格差是正の極左と移民排斥の極右が連立したギリシャまで極端ではなくても、穏健で中道的、寛容で多様性に基づく政策は、非常に取りづらくなっています。
困難な課題に向き合うことを求めるよりも、各政党は「敵」をつくって不満をそらし、国民の支持を獲得しようとします。民主主義諸国では、統治能力が低下し、内なる「敵」として移民に批判的な声が高まっています。欧州の抱える構造的な問題の一つの表出が移民問題なのですが、政治レベルで解決することが難しくなっています。
─―そこにテロ事件が起きてしまったわけですね。
細谷:移民問題と、テロは別個に考える必要があります。「ホームグロウン*」テロリストの多くが「ローンウルフ」と言われます。それぞれが一匹狼で、組織ではなく個人がインスパイアされて、独自の行動でテロを起こす。移民に寛容な社会をつくれば、むしろテロリストが外から入りやすくなる。格差のない民主主義的な社会をつくってもテロの解決にならないわけです。
*「ホームグロウン」とは“地元育ち”の意味で、移民出身でイギリスやフランスで生まれ育ったテロリストのこと。「ローンウルフ」とは“一匹狼”のテロリストで、組織としての規模が極端に小さいか、個人や兄弟・親戚程度の範囲内のつながりでテロが計画・実行される。シリア出身の活動家、アブー・ムスアブ・アッ=スーリーは04年、『グローバル・イスラム抵抗への呼びかけ』という大著をネット上で発表し、「ローンウルフ」型のテロを主軸に据えたグローバル・ジハードの理論を体系化した(参考:池内恵著『イスラーム国の衝撃』〈文春新書〉)。