ネックになったのは磯部塗装の「過去」だ。長く優良企業だったが、取引先によるいわゆる循環取引(架空売上の計上)が2009年1月に発覚。巨額の負債が認識され、たった1カ月で一気に私的整理に追い込まれた。当時の社長の甥だった武秀氏は、大学在学中に起業したベンチャーを経営していたが、この混乱期に磯部塗装に初めて関わった。同年4月、弱冠26歳で、本業の資産と負債を引き継いだ新会社の社長に就任した。
武秀氏は杜撰だった原価管理を徹底し、利益の出ない工事から手を引いて、縮小均衡の中で本業の収益力を改善。取引先が手形決済の延期や融資などに応じてくれたことで、この5年間、新規の銀行融資なしで資金繰りを回すことができた。いよいよ再成長軌道に入るため、新規融資を受けようと金融機関を行脚した結果が、「今期の決算を締めてほしい」だったのだ。
「スネに傷ある企業でも、事業の内容をきちんと見てほしい。収益力が上昇傾向にあるのは一目瞭然。5%、10%の高い金利でもいいから貸してほしいと言っているのに、担保を取ろうとする銀行まであったのには驚いた」
そう嘆く武秀氏は、荻島氏の姿勢に対する感謝を隠さない。
「とうきょうファンドは荻島さんを中心に、のべ20時間も我々を面談した。取引先からもヒアリングし、他の銀行とは全く違う姿勢だった。資料の準備や対応は大変だとも感じたが、単に数字を見るだけではなく、背後にある事業そのものを客観的に評価しようとしてくれたのでとても勉強になった」
とうきょうファンドにとっても、今回の融資は、一般の融資に比べリスクが高い代わりに、リターンとなる金利も5%程度と高い(ミドルリスク・ミドルリターン)。企業のキャッシュフローや成長可能性といった「事業性」に対する適切な評価が必要で、その真剣なやりとりの中で、貸し手と借り手の健全な関係が生まれていく。
日本の金融機関は、長い間、預貸率(預金で集めた資金をどれだけ融資に回したかを示す比率)の低下に悩む。余る資金を国債購入に回して低収益に甘んじてきた。最近では、大手都市銀行(メガバンク)は、本業の赤字を投資信託の販売や消費者ローンといった副業で埋める構造になっている。
都銀ではできない地域密着金融を手掛けるはずの地方銀行や信用金庫・信用組合も、不良債権処理時代を経てリスク回避志向を強めており、地域の数少ない優良企業に、都銀、地銀、信金・信組が集中して融資しようとするというエピソードはよく聞く。リーマン・ショックや東日本大震災による不況を経た今こそ事業再生などのミドルリスク融資を増やさなければ、地方創生も銀行の収益力の回復もないのだが、踏み込もうとする金融機関は少ない。