そもそも、生体肝移植は、「脳死移植を立ち上げたいと思っていた人たちにとっては『継子』のような存在」(順天堂大学 川崎誠治氏*1)。脳死移植の進まない日本で現在行われている肝移植の9割は生体肝であるが、健康な人の体にメスを入れて臓器を得るというこの方法に、今でも疑問を抱く医師は多い。
そんな中、脳死移植普及を待ってはいられないと、京都大学時代の最盛期には週2回の生体肝移植を実施するなどして精力的に件数を重ね、多くの命を救ってきた田中氏。血液型不適合移植や右葉グラフト術など、禁忌とされていた移植術に次々と挑戦しては成功させ、病院の名のとおり「フロンティア」を築いてきた。
「先生は屍の山を見たいのですか」
今では一般的となった、血液型不適合の移植を始めた当初も学会でそう言われたという。
田中氏は、今回の手術成績不良も「厳しい症例や他で移植を断られた症例も受け入れているから」としており、報告書によれば、確かに、難易度の高い門脈血栓症の症例を成功させるなどしている。
混乱続く日本の生体肝移植は
どこへ向かうのか
しかし、フロンティアに挑戦することと必要な体制で必要な医療を行うこととは話が別。また、挑戦することと患者を救うことも別だ。「死亡した4例中3例は救えた命」(検討会の委員)とする移植界が、KIFMECに向ける眼差しは厳しい。
「患者さんが望めば期待に応えて切る」という患者第一主義を田中氏は主張するが、今回の勧告は「患者、ドナー(臓器提供者)、家族が一致して治療を希望しても移植手術に応じない場合がある」(京都大学 上本伸二氏*2)とする、メインストリームの移植医たちの考えを反映したものでもある。生体肝移植がドナーの自己犠牲によって成り立っていることを考えれば、望まれても成功の見込みが低い手術はやるべきでないという考えが現在の移植界の主流だ。
検討会に対する反論の記者会見の直後、田中氏は研修と交流を目的としてインドネシアへ渡っていた。また、「組織の抜本的な改変が整うまで、移植医療は中断すべき」という研究会の報告書をよそに、移植を待つ患者のいる静岡へと駆けつけてもいる。
3時間にわたる筆者の独占取材に対し、田中氏は「挑戦の過程で患者が犠牲になることもある」とも漏らした。しかし、これは今日救えない命を明日には救えるようにするために挑戦し続けるという田中氏の曇りない正義感の一部。そこには確かに患者のニーズがあり、患者との信頼関係もある。
混乱が続く日本の生体肝移植はこれからどこへ向かうのだろうか。
詳細は、ウェッジ6月号『よろめくゴッドハンドと自壊する日本の移植医療』をご一読のほど。
*1:『肝移植四半世紀の歩み―日本肝移植研究会25周年寄稿集』(日本医学館、2009年 監修・日本肝移植研究会、同第25回研究会 編集・門田守人、寺岡 慧)55頁
*2:同40頁
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。