対談

2015年5月28日

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久松:ダンピングですよね。

小川:そう。確かにそれでも利益は出ていたんだけど、それによってマクドナルドブランドがチープになっちゃったんだよね。僕が学生の時代はマクドナルドってデートで使う店だったのに、ウチの子どもは部活で腹が減ると「エサだ」と言って一日に3個もハンバーガーを食べていた。なんせ当時は65円だったからね。でもデートでエサは食べない(笑)。他国のマクドナルドでも、日本ほど価格を下げたケースはあまりないんですよ。あれが最初の失敗だったと思います。

久松:なるほど。

小川:それで原田さんは値段を戻したのだけど、エサになっていた5年間で「マクドナルドはそういう場所だ」と印象が固定されてしまったのだと思うんですよね。原田さんは少し美味しくして、サービスも少し良くして、店も綺麗にした。でもそれは3、4年しか続かず、結局元どおりなってしまいました。

 原田さんもたくさんミスは犯していて、24時間営業はその筆頭ですね。「回転の経済」をやってしまった。それで現場が疲弊してしまったのですが、その芽は客数が4~5倍になっても業態を変えなかった藤田時代にすでにあります。原田時代になっても頭が切り替わらず、超高速回転の「ファストフード」をやり続けたわけです。クルーからスマイルは消えるし、店も汚れる。価格並みのサービスになってしまったんです。

久松:それは重要ですよね。『マクドナルド 失敗の本質』の中にも「サービスのトライアングル」という概念が掲げられていましたが、企業の利益と顧客満足だけでなく、従業員満足が低いとビジネスモデルは崩壊してしまうということでしたね。

 どんなに立派な仕組みがあっても、人間がロボットのように働けるわけじゃない。でもデフレ時代に成功した企業は、人を交換可能なロボットとして扱うところばかりでしたよね。それが幻想でしかないことが、不滅に思えたマクドナルドの凋落からも明らかになってしまった。

小川:不況で、働きたくても働けない人がたくさんいたから、安く使えたし交換もできた。そんなことが永遠に続くわけがないじゃないですか。当時だって、人口ピラミッドを見ればあと10年も経てば若者が減っていくこともわかっていたのですから。日本は欧米とは違って、外から人を簡単に連れて来ることはできません。研修生という名目で働いてはいるけども、大量には使えるわけじゃない。

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