2024年4月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2015年7月13日

 まず指摘されるのは、東莞がいつのまにか北半球一の歓楽街を自認するほどの風俗産業の一大集積地となり、香港やマカオさえ霞むような存在となり、かえって二つの地域から出稼ぎの女性たちが流れてくるようになっていたことがあった。このなかには香港やマカオを経由した日本女性も少なくなかったといわれている。

金さえ出せばなんでもあり 
「東莞ISO」「東莞モデル」

 しかも「東莞にない遊びはない」といわれるほど金次第ではどんなニーズにも応えられると信じられていた。実際、摘発対象となった五つ星ホテルの常時ワンフロアーが、そうしたスペースとして利用されていたことも明らかになり、金額も青天井なら、遊びのバラエティーにも限界がないという感覚は、「東莞ISO」とか「東莞モデル」という言葉が定着してしまうまでに浸透していたものなのだ。

 そもそも社会主義を掲げて閉鎖的な中国では、建前として女性が同じソファーに座ってお酌をすることも禁じられているのだが、東莞ではラスベガスのネオンにも匹敵する大きな施設が次々に建てられるまでに大胆になっていたのだ。

 東莞に43ある各鎮にこうした施設を持つ五つ星ホテルが二軒から三軒もあり、それぞれ「東莞ISO」をクリアした女性を抱えていたということは簡単に見積もっても市内には100万人規模の女性たちが風俗産業で働いていたと推計されているのだ。この現実を目にした者はみな「東莞で時間が逆流することはなどない」と信じていたとされる。

 人々が抱いたこんな思い込みを打ち砕いて大摘発が敢行された翌日から、スマホなどの移動データを集めたビックデータでは、東莞から上海や北京といった別の大都市に移動する大量の人の情報が映し出されたともいわれる。そんな大きな変化だったのだ。

風俗産業の摘発で東莞市も衰退してしまうのか(iStock)

 100万人からの女性が東莞から逃げ出すだけでなく、産業に従事していた者たちも東莞を離れた。こうした人々の消費が失われた東莞は、それだけでGDPの15%〜20%が失われたともいわれた。それだけに政治的な意図も勘ぐられ、巷にはポスト習近平最有力の呼び声が高い胡春華を「潰すため」とか、逆に「胡春華がポイントを稼ぐためにやった」という説が流れた。

 いずれの説も決定的なファクトをともなって語られることはなかったが、こうした話が出ても不思議ではないのは、この大摘発がCCTVの行った潜入取材をきっかけに始まったこと、しかも放送日の午後に一斉に警官が動員され、さらには摘発後に中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』紙上でわざわざ〈(東莞摘発の)是か非かを問う〉と題する社説が掲載されるというように政治との連携が疑われるような動きがさまざま見られたからであった。

 政治の思惑が働いたのか、それとも思惑を慮ったのか——。

 大摘発は日ごろ東莞とは無縁の人々を巻き込んで大きな論争を国内で巻き起こすことになったのだが、ネットの世論を見る限り、摘発に否定的な意見が目立ったのは興味深いことであった。摘発に消極的な意見のほとんどは、「こんなことに力を注ぐ暇があるなら、もっと大きな問題に取り組め!」とか「弱い者いじめをしないで巨悪ともっと本質的な問題にメスを入れろ!」という内容だった。

 こうした声の背後にあるのは、売春はたしかに問題だが、それでも北京、上海、深セン、広州といった都会に出てきている売春婦たちは、ほとんどが貧しい農村の出身者で、彼女たちが稼いだ金を地方にせっせと仕送りするシステムは、さながら心臓に集まった血液を再び末端へと運ぶ“動脈”のような役割を果たし、ひいては格差是正にも一役買っていたと考えられていることにあった。

「母乳健康法」で貧しい女性が救われる?

 格差という厳しい現実を見ればこそ、現実的な作用を考慮すべきという考え方だ。事実、こうした問題は売春を通してだけ見られるものではない。たとえば、2014年ごろから少しずつ広がりを見せている一つの健康法の一つに「母乳健康法」というものがある。これは母乳に含まれる免疫力に注目したものであるが、金持ちのサークルを中心に各地で「母乳パーティー」なるものが会員制で催されているというのだ。すでに多くのメディアでも取り上げられ、レストランのメニューにも「母乳アワビ」といった品目が登場するほどのブームになっているのだ。

 この健康法に対して、やはり問題視する声は国内でも高まっているのだが、現状では法的な問題を見つけることもできないとして放置され続けている。

 一方の母乳健康法肯定派は、これが取締りの対象になっては困るとばかりでメディアに露出して反論を試みているのだが、その主張の大半は、「母乳により貧困層の女性が助けられている」というものだ。事実、貧困女性が自ら母乳を売りたいとネットで呼びかけるケースも目立ち始め、ウインウインの関係であることをうかがわせる現象も目立ってきている。

 建前か、本音か−−。下半身問題をめぐる中国国内の論争にはまだまだ決着がつきそうにない。

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。


新着記事

»もっと見る