2024年11月23日(土)

中島厚志が読み解く「激動の経済」

2009年9月10日

 しかし、デフレは得てしてこれで終わらない。多くの場合、価格の下落は企業の売り上げや収益を減少させる。そして、業績悪化からそれら企業が厳しい状態に追い込まれると、従業員の雇用が不安定となり、賃金が下がることになりかねない。そうなれば、デフレは回りまわって消費者を直撃することになり、その購買力を落とすのみならず生活の安定も脅かすことになる。要するに、デフレの怖さは、国民への負担が後になって生じ、当初は歓迎すべき価格下落が生じているようにしか見えないところにある。

 とはいえ、物価と同じ比率だけ賃金が下がるのであれば、消費者の購買力は実質的には変わらない理屈である。ところが、物価が下落しても借入は自動的には減少しない。すなわち、多くの人々が抱えるカードローンといった消費者ローンや住宅ローンは、デフレでも減額されない。むしろ、デフレの下では返済しなければならない負債は実質的には増加することになり、実質的な返済負担感は増すことになる。

 デフレで返済圧力が増えるのは個人ばかりではなく、企業も同じである。デフレが持続すれば、企業も個人も負債の負担感が増してしまう。それだけでもよろしくないが、デフレが続くと企業や個人が負債を抱えたがらなくなることで、経済活動は一段と収縮してしまう。

 デフレには「良いデフレ」と「悪いデフレ」があるとかつて言われたことがある。生産性の向上や技術革新などで商品やサービスを安い値段で提供できるようになれば、価格の下落があっても企業の収益は落ちず、消費者への悪影響も生じない場合があるからである。そういうデフレならば、怖がる必要はなく、むしろ良い結果をもたらすというのが「良いデフレ」の考え方である。

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(出所)「消費者物価指数」よりみずほ総研作成

 しかし、個別品目ではそのようなことが生じることがあっても、物価が全体として下落する場合に「良いデフレ」と判断することは難しい。なぜなら、全ての企業が生産性を上げ、技術革新を行って、主要な商品・サービス全部にわたって価格を下げることが一気に起きるとは考えにくいからである。

 また、仮にそのようなことが生じたならば、企業業績は悪化せず、景気も悪くなることはないはずだが、足元の景気は際立って悪い。7月の生鮮食料品とエネルギーを除く消費者物価で下落品目が全体の84%(上図)に達しており、足元のデフレの加速を「良いデフレ」と断じることはできない。

賃金をデフレ阻止のアンカーに

 日本のデフレの大きな課題は、デフレ基調が長引いている上にそこからの脱却が容易ではないことにある。しかも、世界的にも経済の悪化で需給ギャップが拡大しているとなれば、なおさらデフレからの脱却は難しい。

 とはいえ、消費者の購買力と値ごろ感が下がらなければ、少なくとも個人消費の落ち込みは阻止でき、国内の需給面から生じるデフレ圧力に一定の歯止めを掛けることは出来る。そして、消費者の購買力を支える最大の要因が賃金ということから言えば、賃金の下落が止まることは重要である。


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