小川さやかのマチンガ紀行

2015年7月29日

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小川さやか (おがわ・さやか)

立命館大学 先端総合学術研究科准教授

立命館大学先端総合学術研究科准教授。1978年生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。国立民族学博物館などを経て現職。著書に『都市を生きぬくための狡知 タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』(世界思想社)。

 プリペイド式こそ、アフリカでケータイ利用を促した最大の点であり、エム・ペサも同じ論理で活用できるからこそ、急速に普及したのだと考えられる。他にもエム・ペサは、学費を払える時に前払いするしくみとしても機能している。

ATMがなくても、エム・ペサがあれば大丈夫

 興味ぶかいことは、銀行口座を持っている友人たちも、給与の一部を電子マネー化してケータイ口座に入れておくようにしていることだ。銀行口座からエム・ペサ口座への振り込み(その逆)も、登録すれば、銀行に出向くことなく、ケータイのメニュー操作で簡単にできる。

 大都会の銀行はたいてい混雑しており、小一時間も並ばなければならない。地方都市では、銀行自体が少なく取引している銀行のATMがないことも多い。それに対してエム・ペサ代理店は、日本でいうコンビニのようにどこにでもあるので、地方への出張があっても大金を持ち歩くことなく、必要な時に必要な分だけを現金化することができる。さらに近年では、銀行ATMからエム・ペサ口座の現金を引きおろすこともできるようになった。

 商店主のエム・ペサ口座にその場で送金することでショッピングもできるし、同じ方法でタクシーにも乗れる。足りないときは誰かに電話して、商店主やタクシーの口座に送金してもらえばいいので、ケータイはタンザニアの人びとにとって、銀行カードと同じ機能をはたし、時に個人ベースの「お財布ケータイ」以上の便利さを発揮する。

 もちろん日々の暮らしだけでなく、エム・ペサは商売の方法も変化させた。商人たちは、仕入れや業務の委託に関わるデポジットの支払いや仕入れ代金の返済などにもエム・ペサを活用するようになった。たとえば、首都の商店に商品を電話で注文し、その場で商品代金をエム・ペサ口座から相手の口座へと送金するなども、私たちがクレジットカードでインターネットショッピングをするように、小売店に座っていながら簡単にできる。

 タンザニアのヴォダコム社とケニアのサファリコム社との間では国際送金もできるため、ケニアの商店とも取引可能である。ケニアに配送しているトラック運転手は、ケニアからエム・ペサを通じて妻に送金している(ただし手数料は国内よりも高くつく)。

 さらに、エム・ペサは、世界60カ国からウエスタン・ユニオンを通じて送金を受け取ることもできるから、銀行口座を持たずして国際交易に参入することだって可能だ。最近は、ケータイの送金サービスが、アフリカの零細商業や零細小規模企業の発展にいかなる影響を与えるかを分析する研究が盛んに実施されている。

ピンチのときのお助け機能 
ニピゲ・タフ(Nipige tafu)

  上述したようにプリペイド式は、うっかり使いすぎてしまい、後で支払いに苦しむという事態にならずに済むので、生活が不安定な貧者には使いやすい方法だ。しかし身の丈に合った使い方では通信会社は儲からないので、貧者のケータイ利用を促すための様々な工夫がなされている。

 まず、電話したいのにプリペイドカードを購入する費用が不足していたり、近くにプリペイドカードを販売するキオスクがない場合に対応した一連のサービスがある。

 たとえば、「お願い、私に電話して」「お願い、私にお金を足して」などのショートメッセージを一日に4回まで無料で送ったり、メッセージを受け取った人がメッセージの送信料を支払うことができる。また、モバイル通信会社から通話料を借りることもできる。それが「ニピゲ・タフ」と呼ばれるサービスだ。

 ヴォダコム社の場合、1000シリング借りたら、次にプリペイドカードをチャージした時にエム・ペサ口座から自動的に1100シリングを引き落とされることになる。返済せずに新たに借りることはできないし、借りることのできる上限額は、SIMカードの価格を超えない額に設定されている。これはSIMカードを買い替えることで借金の踏み倒しをすることを防止する策である。

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