さっそく夕食を一緒にする約束をして、シャワーを浴びて一段落したら散歩がてら食材を調達に行くことにした。五時過ぎに外に出たがまだ日差しが強い。日陰伝いに石畳の道を歩く。そういえば夕食の材料を買いに女性と街を歩くなんて新婚時代以来で三十数年ぶりだと思い出した。そう思うとなんだかウキウキしてくる。
少し坂道を下るとチャペルで音楽学校のチャリティーコンサートをやっていた。チェンバロや弦楽器でバロック音楽を演奏しており街の雰囲気にぴったりだ。コンサートが終わり外に出ると陽が傾いて夕焼けのショータイムだ。洞窟住居群に点々と赤みがかったオレンジの灯が点きはじめ絵葉書のようだ。
スーパーに入って「どうしても野菜や果物が不足するけど、トマトがあると簡単にサラダが作れるし。」と彼女はトマトとサクランボを購入。
驚いたことに彼女は一度歩いた道で見た景色は映像のように覚えており、「確かもう少し行くと左側にお肉屋さんがあるはず」などと既に5日間もマテラの街をあるいている私より土地勘がある。「映画“レインマン”のダスティ・ホフマンのようだね。」と言うと「子供のころから一度歩いたら覚えてしまうの。だから海外旅行しても迷ったり道を間違えたりすることはないの。」と頼もしい。
肉屋では「この生ハム(prosciutto)100グラム、それからこのサラミ100グラム、それに魚(pesche)のマリネを200グラム」と判断が妙に素早い。不思議に思って聞くとワインの仕事をしており食卓に何を並べるか考えるのは得意分野なんだと。お次はワインショップで白ワインを調達。これは当然彼女任せ。安くても美味しい一本を選択するときはまさにプロの表情で店員にあれやこれや確認している。最後にパン屋でバゲットを買って食材調達完了。ルンルン気分でトワイライトの街の石畳を戻った。
ホステルのレセプションで食材を買って来たと話したら、わざわざ私が泊まっている部屋の外のテラスにテーブルと椅子とお皿を用意してくれた。こうして夕陽を眺めながらワインを開けて、サラダをつくり、食材をお皿に盛りつけて豪華なディナー・タイムが始まった。
白ワインもほどよく冷えており「乾杯!」。アヤちゃんは学生時代から旅行好きで、ワインの販売会社に就職してからも休暇を利用して10日程度の海外旅行をしてきたと。さらにワインの知識を得るべくフランスのワイン生産者のところに数か月間滞在したりしてワインの専門家になったとのこと。当然ソムリエの資格も取得。販売会社の仕事に限界を感じて退職したが、今後はお客さんにより近いところでワインの仕事をしたいとのこと。