その優勝した女子、アンドレア嬢からガラ・コンサートに招待されて海の見える教会に来たという経緯であった。コンサート開始定刻の7時半前に教会に到着したので関係者から話を聞いたらガラ・コンサートでは各クラスの優勝者がそれぞれ一曲演奏を披露する。小学校、中学校、高校、一般、そして連弾の5クラスがあるので五曲が演奏されるとのこと。
一人の日本人の女性がいたので聞くと彼女もコンクールに参加して2位であったと。彼女はウィーンに留学して5年になるとのこと。年は二十代半ばであろうか。小柄な彼女が必死で努力してピアノ漬けの人生を歩んできたことが容易に想像できた。
そうこうしているうちに審査委員の先生方や各クラスの優勝者が入場。アンドレア嬢に挨拶すると特に緊張した様子はなく、私が何を弾くのか尋ねたら“Hungarian Rhapsody”とのこと。アンドレア嬢は私の隣に座り出番を待っていた。四番目の演奏なので年下の少年少女の演奏を静かに聴いていた。日本の女性は全ての曲を暗譜しているらしく曲を聴きながら自分の両手の指を動かしてエアー・ピアノをしていた。
アンドレア嬢の出番が来て彼女は自然体で舞台にあがりお辞儀をしてからすぐに演奏を開始した。ブラームスのハンガリー狂詩曲は難曲と聞いていたが彼女は表情を変えずに淡々と演奏している。私は彼女のために写真を撮ることを思いついて教会の列柱の回廊を伝って舞台に近づいた。フラッシュが使えないので至近距離から撮影するためだ。数枚撮影して席に戻った。
演奏がすべて終了すると表彰式になり地元メディアが撮影している。トロフィーを掲げて微笑む黒いドレス姿のアンドレア嬢が輝いて見えた。私は彼女のピアニストとしての人生が素晴らしいものになるよう心の中で祈った。宿泊しているホステルがかなり遠いので終バスに間に合わせるため彼女を祝福してから急いでバス停に向かった。
バスに乗ってからも不思議な歓びに満ちていた。偶然が重なって三か月近い東地中海の旅の最後の夜にハンガリー狂詩曲をロマンチックな教会で聴くことになった。そして芸術を志す若い人たちに接して自分の知らない未知の世界を垣間見ることができた。
旅の最後を飾るにふさわしい夜であった。
⇒地中海遥かなり 完
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