大仏はなぜ造られたのか。
それは大仏を造った本人に尋ねるのが一番いい。今から1266年前の10月15日、聖武天皇はその理由を明瞭に語ってくれている。その日に出された「大仏造立の詔(みことのり)」を読めば、聖武天皇が大仏を造ろうとした理由がはっきりする。
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徳もないのに天皇になった。一生懸命やってはいるが十分ではない。仏教の力でなんとか天地をゆたかにしたい。聖武天皇はこのように語り始める。そして、次に注目すべき言葉が来る。
「万代(ばんだい)の福業をおさめて、動植ことごとく栄えむとす」。すべての動物、すべての植物が栄える世にしたい。人間だけではない。そのほかの動物も植物も、みんなが栄える世にしたい。だから大仏造立を決意したと聖武天皇は言う。驚くべき発言である。
すべての動物、すべての植物が、ともに栄える世の中。そんなものがこの世に存在し得るとは私にはとても思えない。しかし、聖武天皇は本気で夢見ていた。大仏造立はそのために決意された。詔は続く。
「それ、天の下の富を有(たも)つは朕(われ)なり。天の下の勢(いきおい)を有つ者は朕なり。この富と勢をもって、この尊き像を造らむ」。
有名な箇所である。天下の富と権力を持つのは私だ。その富と権力で大仏を造ろう。教科書などにも引用されることが多い箇所である。その次の文章を読めばわかるように、聖武天皇は富と権力で造るのはだめと本当は言っているのだが、どうもそのあたりが誤解されているように思う。大事なのは次の文章である。
「事成り易く、心至り難し」。富と権力で造るのなら簡単だが、それでは心がこもらない。だからだめだと聖武天皇は主張する。ではどうするのか。
大仏造立に関わる人は、一人一人が自分の盧舎那仏を造るように。造っている最中から、日に三度、盧舎那仏を拝みなさい‥‥。不思議な言葉である。しかし、聖武天皇がめざすところがわかるような気がする。
詔はさらに続く。