2024年11月23日(土)

WEDGE REPORT

2015年10月28日

3才の息子が教えてくれた心から喜ぶ気持ち

 私がトクヤマ氏に初めて会ったのは3年ほど前のスタジオである。動きのある写真を撮ろうとしていた撮影現場で、リズム良くタレントを乗らせ、最終的には指先にまで神経が行き届いた躍動感のある写真を撮ることができた。『こんなにジャンプしたことないっす』と笑って話すタレントが印象的だったが、その頃がフォトグラファーの人生における、もうひとつの転換期だったという。

 「3年前に子どもが生まれたんです。自覚はあまりないんですが、人から優しくなったと言われるのはそれからですね。喜怒哀楽の感情の中で、僕にはあまり『喜ぶ』っていう気持ちがなかったように思います。面白いや楽しいはあるけど、それって少し快楽的なところがあって。喜ぶって、湧き上がるものじゃないですか。それが子どもが生まれてから、こんなにも嬉しいという感情に出会えたんですよね」。まだ大阪にいた二十歳前後の頃、「同年代の友達が少し幼く見えた」というが、やはり年齢不相応に夜の街で大人を見過ぎたために、彼は喜ぶことを忘れてしまっていたのかもしれない。

リアリスティックでアスリートなフォトグラファー

 トクヤマらしい、と思う撮影エピソードがある。2014年、中国で撮影したナイキライズキャンペーンでのことだ。中国、香港、台湾にいる才能ある若きバスケットボール選手を発掘し、最終的にはNBAのスーパースター コービー・ブライアント選手に直接指導を受け、大学の奨学金を得ることができるキャンペーンだった。

 撮影後には憧れのNBAスターに会える状況にあったハイテンションな若者たち。彼らの最後のゲームを撮ろうと、トクヤマはコートに入った。「最初『危ないから』と言われ、外から狙ったんですが、やっぱりいい写真が撮れなくって。それでアシスタントに四方を囲んでもらって、コートの中で臨場感あふれる画を狙いました。いい写真は撮れましたが、人生初となる手術を中国で受けることになってしまったんですよね」と笑う。危険を省みず、ではなく、「スポーツの広告ってやっぱりスポーツ的に撮ったほうが合うんですよ」という信念を貫くため、より選手の魅力を引き出すため、トクヤマとしては当たり前のことをしただけだった。

数々の賞を受賞したナイキライズキャンペーン2014の撮影では、「額をぱっくり割るアクシデント」もあったが、カンヌライオンズで3つの金賞、世界二大国際写真賞の一つPX3 Prix De La Photographie Paris 2015でも金賞を獲得した。さらにプライスレスな思いも味わった。「撮影後、みんなが一人一人自分の土地の言葉で僕に笑って『ありがとう』って言ってくれたんです。彼らが自分の人生に戻って行く姿を見て感謝とパワーをもらいました。フォトグラファーとしてだけではなく、一人の大人として子ども達に夢や希望を感じてもらうことのできる企画に携われて、心から幸せでした」(写真:Munetaka Tokuyama Photography提供)

 「僕、アスリートが好きなんですよね。多くのクリエイターは、良い意味で考え方がネバーランドの住人みたいなところがあるんですよ。でも僕は下町に生まれ育った現実的な人間なので、一つずつ突き進み、大勢の選手の中で人と違う輝きを見せようとするアスリートの考え方が好きなんです。ファッション写真もたくさん撮りますが、かっこ良くおしゃれなだけの写真とか興味ないんですよね」と笑うフォトグラファーが今後手がけたいものは「ワールドカップやオリンピック、それにパラリンピック」だという。

 「どこの国のキャンペーンでもいいと思ってるんで、実はチャンスっていっぱいあるんだなって思ってます」。摩天楼に輝く夕陽に3カ月も照らされた売れないフォトグラファーが、今世界中で輝き続けている。「バカでも天才に勝てると思ってるんで」と笑うトクヤマのポジティブさを支える根暗さがある限り、彼の快進撃はまだまだ続くのだろう。リアリスティックでアスリートなフォトグラファーの写真展が今から楽しみだ。

〈トクヤマムネタカ>
1978年大阪府大阪市生まれ。1999年にNYに渡り、紆余曲折を経てフォトグラファーを目指す。モデルを激しく動かす独自のスタイルで、スポーツブランドにとどまらず、あらゆるジャンルの広告写真の撮影をワールドワイドに行っている。自身2度目の個展を10/28から地元大阪で開催する。(写真:筆者撮影)

  
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