この後もどこに行っても髭面で汚い恰好をしたハビエルは絶大なる人気の的となる。それを見ていてコリアン・ホスピタリティーの構造が見えてきたような気がした。地元の人たちはまずハビエルに注目して大歓迎する。そしてチョンヒが私を日本人だと紹介すると中歓迎する。そしてアンドレアとチョンヒが夫婦で世界一周旅行を計画していると話すと小歓迎する。この順位は毎回変わらない。恐らく同じ遠来の客でも欧米人(白人)、アジア人、韓国人という好奇心の順位付けが底流にあるのではないか。逆に出稼ぎの外国人労働者、即ち黒人系やフィリピンその他のアジア系の労働者に対しては非常に冷淡であると感じた。地方の町の韓国人がこうした外国人労働者を露骨に無視するか見ても見ぬふりをするのを何度か目撃した。
ロックとロッキー
山道を下ってゆくと洛東江(ナクトンガン)自転車道に出た。釜山まで流れる洛東江の上流域である。2台の自転車が後ろから近づいてきて並走した。彼らはソウルの大学生でやはり釜山を目指していると。二人は大学のロックバンドの仲間で一人は今年大学の夏休みを利用してシカゴからロッキー山脈を越えてロスアンジエルスまで自転車旅行したと。ルート66を延々と走ってアメリカ横断したのである。これから就職活動するつもりだが前途多難と浮かない顔である。もう一人は就職を断念して好きな音楽の道を続けるつもりで作曲活動に励んでいると。学生時代に勉学以外の活動に打ち込んで学業をおろそかにすると就職で苦労するのは万国共通のようである。それから彼らは安宿を探すため我々と別れて近くの町を目指して走っていった。
尚州(サンジュ)博物公園
洛東江自転車道を川沿いに下ってゆくと聞慶(ムンギョン)であるが、午後5時を過ぎても適当な野営場所みあたらず四人で自転車道をひた走る。6時を過ぎてあたりが暗くなってきた。ハビエルは河川敷の草むらを指して野営しようかと言うが、荒れた草むらで野営するほど私も自転車夫婦もタフではない。ライトを付けて丘を登ると大きな公園を発見。尚州博物公園と漢字で書いてある。公園の大きな東屋にそれぞれテントを設営して宿泊。
翌朝、ハビエルは友人が三日後にソウルに来るので早めに釜山に着いてバスで急いでソウルに戻りたいと早朝に出発した。やはりタフガイである。私は前日100キロ以上走行して疲れていたのでゆっくりと釜山を目指すことにして昼頃自転車夫婦と別れた。
⇒第13回に続く
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