イスラム教スンニ派の守護者を自認するサウジアラビアが少数派シーア派の有力な宗教指導者を処刑したことに対して、シーア派の盟主イランが猛反発、怒った群衆が3日、テヘランのサウジアラビア大使館に乱入し、放火するなど暴れ回った。両国関係はシリア内戦やイエメン紛争をめぐって対立してきたが、今回の事件により一気に先鋭化、ペルシャ湾にも緊張が高まっている。
“レッドライン”
斬首刑にされたのは、シーア派の著名な宗教指導者のニムル・バクル・ニムル師(56)。サウジ各地で2日、処刑された47人のうちの1人だった。同師は2011年に始まった「アラブの春」で、サウジやペルシャ湾岸諸国のシーア派による反体制運動の象徴的な存在となったが、12年7月に「宗派対立を扇動した」としてサウジ当局に逮捕され、死刑判決を受けていた。
今回の処刑に対して、当のサウジや、イラン、バーレーン、イラクなどで抗議行動が発生、イランではテヘランでサウジ大使館が襲撃されたほか、北東部マシャドにあるサウジ領事館にも暴徒化した群衆が乱入し、国旗を引きずり下ろすなどして警備の警官隊と衝突した。
テヘランの大使館では2日から3日未明にかけて処刑に抗議する群衆が押し寄せ、一部が火炎瓶を投げるなど暴徒化、大使館の一角から黒煙が上がった。群衆らは「サウド王家に死を」と叫び、大使館の窓ガラスなどを粉々にした。この襲撃で複数の警官らが負傷し、約40人が拘束されたという。
イランの最高指導者のハメネイ師は「サウジの指導者は政治的な過ちを犯した。彼らは神の報復を必ず受けるだろう」と非難、革命防衛隊も「サウジは重い代償を払うことになるだろう」と強く批判する声明を発表した。
一方のサウジ政府は大使館襲撃を受け、リヤド駐在のイラン大使を外務省に呼び、イランには大使館を保護する責任があると強く警告、イラン側のサウジ批判を「内政干渉」と反発した。
サウジは聖地メッカを守護するスンニ派の太守。しかしペルシャ湾に近い東部の油田地帯などに反体制派のシーア派住民を抱え、これまでにも再三弾圧を加えてきた。特に79年に対岸のイランでシーア派革命が起こってからは、革命が輸出されかねないと警戒、イランとは敵対関係が続いてきた。
またシリア内戦では、革命防衛隊を派遣してアサド政権を支えるイランと反体制派を支援するサウジが「代理戦争」を展開、イエメン紛争でも同国の実権を掌握したフーシ派をイランが後押しし、これにサウジが直接的に軍事介入して同派の攻撃に踏み切るなど対立が激化していた。
中東のアナリストの1人は「今回の処刑はシーア派の蜂起は容認しないというサウジの決意を示したメッセージ」と指摘。ベイルート筋は「ニムル師はシーア派教徒の間では知らない人はいない。サウジは同師を処刑することで“レッドライン”(超えてはならない一線)を超えてしまった」と述べ、今後サウジ対イラン、スンニ派対シーア派の対立が激化するとの見通しを示した。