2024年6月16日(日)

ペコペコ・サラリーマン哲学

2009年10月21日

 「人の縁」とはこういうものなのでしょう。作家の松本清張氏は『点と線』というベストセラー小説を書きましたが、私は、「人の縁」は「点と点」である、と思っています。「人の縁」は、目の前のこと一つひとつを、その瞬間瞬間に、出たとこ勝負で一生懸命にやっていると、ぐるぐるまわりまわって、利害関係はなくても、将来突然に生きてくる、と考えています。

 そして、「人の縁」とは、現世に生きる人だけのものではなく、下君のように、既に亡くなった人たちとのつながりもまた、大切なのでしょう。「縁」は決して、狙って作るものではない、人生はby chanceの不思議な「縁(えん・ゆかり)」の積み重なりだ、とつくづく思います。

人生ってやっぱり素晴らしい

 正直に言って、私は、下君とも亀井君とも、「親友」と呼べるような、親しい友人では決してありません。大泉高校の同学年450人のなかで、学力ダントツ中のダントツの1番である下君も、2~5番くらいの亀井君も、200~250番くらいをうろついていた私にとっては、遠くに仰ぎ見る存在で、なかなか近寄れなかったのです。

 前回のコラムで、下君とのふれあいについてこう書きました。――高校時代は畏れ多くて話せなかったのですが、社会人になってから、何度か会いに行きました。私が信越化学工業の経理・財務マンとして大蔵省に有価証券報告書を出しに行った帰りに、農林省に寄ったりしました。

 そのときの私の気持ちは、「大泉高校時代からずっと、あまりに高く遠くに仰ぎ見て尊敬するだけの存在だった下君だが、社会に出てすぐの間は、役人と会社員という違いはあっても、向こうは社会人7年生、こちらは5年生でほとんどかわらない。農林省の近くの大蔵省に行く仕事がある、という口実もあるし、いまなら楽しく話せるんじゃないか」というものでした。

 でも下君は、高校時代とかわらず人格も識見も学識も「すごすぎる」人でした。私は彼の優秀さに負けないように多弁になるのですが、彼のような本当に力のある人は寡黙で、それでいて私のことを決して馬鹿にせず、私のレベルにそっと下りてきてくれます。そんな下君は、やっぱり、平凡人の私にとっては、友人というより仰ぎ見る存在でした。警察官僚から政治家となり、折々のタイミングで活躍を知ることとなる亀井君も、私からは、やはり遠くに仰ぎ見る存在でした。

 一介の会社員として、誰よりも自分をかわいがるために、「ペコペコ哲学」を実践してきた気の小さい私はいま、下君にも亀井君にも隅谷先生にも両角先生にも、心からペコペコし、これらの方々の不思議な「縁」に思いを馳せ、人生というものの素晴らしさをしみじみ味わっています。きっと天国の下君が、私に、このコラムを書く力を与えてくれているのです。

 

■以下、下壮而氏の遺稿集『現代経済の透視 ―現代資本主義論ノート』に収められた、東京大学名誉教授・隅谷三喜男氏による序文を引用します。(編集部)

                       序  文
                                                            隅谷 三喜男

 下壮而君は異色の官僚であった。もちろん人一人ひとり個性がある。しかし、下君ほど異色のある役人は今後現れないと断言して憚らない。彼は農林水産省の中堅官僚としても注目され、その将来は嘱望されていたが、単なる優秀な役人ではなかった。農林業に限らず、広く現代資本主義社会について透徹した視野をもっていたことは、本書を一瞥すれば明らかであろう。その彼が四十六歳の若さで不幸にして脳内出血のために倒れたのである。痛恨の極みである。
  ※次ページに続く


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