2024年4月20日(土)

対談

2016年2月22日

最低賃金は上げるべきか下げるべきか

井上 日本は賃金の下方硬直性が低い、つまり賃下げしやすいこともブラック化を招きやすいですね。

飯田 サービス残業で実質的な時給はいくらでも下げられますからね。ここのところ最低賃金をめぐる議論も増えてきましたが、AIで代替されるタイプの仕事でさえ、生産性と比較した最低賃金水準よりもだいぶ賃金が高いという報告も多い。ですから、これから最低賃金ラインに向かって下がっていく可能性があります。いよいよ最低賃金と競合したり、サービス残業の規制強化で事実上の最低賃金とぶつかり始めたら、いよいよ技術的失業へと向かうかも知れません。技術的失業までのバッファが、日本の場合はあるということもできるのかも知れない。

井上 それを見越して最低賃金を上げるべきなのか下げるべきなのかは、かなりシビアな問題ですよね。

飯田 最低賃金の話は難しい面があって、アメリカであれば最低賃金を上げるとむしろ生産性は高まるといわれています。

 その要因のひとつは、労働者に多く分配するので単純に総需要を引き上げる効果がある。地域産業にお金がまわるようになり、地域の景気が良くなるということですね。

 もうひとつの要因が「これだけ払うんだから見合った生産性を発揮してもらわないと困る」と経営者が考えることなんです。賃金並みの生産性を得るために、従業員教育にもお金を払うようにもなって、地域の生産性が上がるんですね。

 ただ、日本の場合は最低賃金で働いている労働者の内実が、アメリカとは違います。アメリカで最低賃金で働いている労働者の典型例は移民一世か二世で、家族の生計を支えている人たちになる。ところが日本ではパートなど、いわゆる補助的な収入を得るために最低賃金水準で働いている人が中心です。この人たちは最低賃金が下がると自発的に失業する可能性があります。

井上 補助的収入を得るために働いている人たちは、高い収入を得る仕事に就けないので家族を形成できないという問題もありますよね。アメリカの移民の人たちは、収入が少なくても家族を作ってしまうことが多いですが、日本だと「こんな安い給料では結婚できない」となってしまう。

飯田 ここが人口論のパラドクスです。昔から言われているように「ひとり口は食えないがふたり口は食える」。生計費は家族が1人増えるごとにほぼ2分の1乗倍でしか増えていかないので、2人世帯は1人暮らしの1.4倍、3人だったら1.7倍で済む。だから単身より暮らしやすいというのが定説ですが、日本の場合はそうはならない。

井上 実家暮らしの人も多いので、結婚しないほうが親にパラサイトできるということもあるのかも知れませんね。

飯田 もはやAIとは関係ない問題ですが(笑)、実際に結婚するまでは実家暮らしが当たり前という国では、婚姻数が減少傾向にあります。イタリアや韓国、台湾もその傾向が強いですね。実家暮らしという選択肢がある国では、そうなりがちなのかも知れません。

 

井上智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部講師。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に、『新しいJavaの教科書』、『リーディングス政治経済学への数理的アプローチ』(共著)などがある。

飯田泰之(いいだ・やすゆき)
1975年東京都生まれ。エコノミスト、明治大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

  
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