真昼間から重い話題になってしまったがエレンの知的な横顔を見ながら話を聞いていたら退屈しなかった。1時間半待ってやっと迎えの車が来てシーパンドンに向かった。
翌日、シーパンドンの安宿が並んでいる小道を歩いているとコテージのバルコニーでエレンがドレッドヘアの遊び人風ラテン系男子と抱き合ってメコン川を眺めているところに遭遇。前の晩、二人で歩いていたのを見かけたので、二人が意気投合して一緒のコテージに泊まったのだろうと察した。私がバルコニーに向かって手を振るとエレンが明るく大きな声で「タカ、調子どう? 元気?」と満面の笑顔で応じた。
チャムパサック、怪しげなフランスの“ゲイジュツカ”
12月6日。夕暮れ時にメコン川を見下ろす眺望の良いレストランにゆきビールを飲みながら夕陽を眺める。一人で飲んでいるとフランスの崩れた感じの青年が一緒に飲みだした。彼は刺青の彫物師だという。だらしなくビールを飲みながらマリファナを喫煙しているらしく、ろれつの廻らぬ下手な英語で「刺青は芸術だぜ。可愛い女の子の無垢な肌に自分の芸術を描いていると興奮するぜ」などと下卑た言葉で私の静謐な“ビール・タイム”を邪魔する。
相手にしないでいると「浮世絵と刺青はジャパン・アートの神髄だ。同一のテクニックで描かれた芸術だ。浮世絵は過去の芸術だが刺青は日本のヤクザが伝統を受け継いでいる」とユニークな芸術論を展開する。「おい、この偉大な芸術家を知っているか。彼は現代日本を代表する彫物師の三代目○○○だ。彼の代表的な作品が載っているこの本が俺のバイブルだ」とフランス語の刺青のグラビア雑誌を私に見せる。
欧州や東南アジアのビーチリゾートに行くとかならずTattoo Shopが数軒あってかなり繁盛している。ショップには必ず見本帳やアルバムが置いてあり欧米の若者が熱心に見入っている。文化的な背景は知らないが、とにかく欧米系若者は男女を問わず≪ブロンズ肌と刺青とピアス≫を三種の神器として“カッコイイ”と信仰している。この3点セットでビーチを闊歩していると異性にもてるという方程式があるようだ。