2024年12月3日(火)

Wedge REPORT

2016年4月21日

開沼博(かいぬま・ひろし) 社会学者
東京大学文学部卒、同大学院学際情報学府博士課程在籍。立命館大学衣笠総合研究機構特別招聘准教授などを務める。
Photo: Naonori Kohira

開沼 拙著「はじめての福島学」では、冒頭で、あるクイズを紹介しています。福島から震災後避難して県外に移った人って震災前の人口の何%だと思いますかと講演などで聞くと、たいてい20~30%などという答えが返ってくる。避難者の話をよく聞いているという関西の地方紙の記者は40%と答えました。でも、正解は2%。極端な情報ばかり流れてきた証左です。

村中 フェイスブックやツイッターといったSNSの影響も大きいですよね。社会全体で見れば自分と同じ価値観の人は少ないのに、せいぜい100人くらいの相互フォローのバーチャルサークルにこもれば、学校に行かれていない女の子や母親も端末をいじっているだけで、みんなから評価された気持ちになれます。

 リアルなコミュニティーが崩壊していることも大きい。ある地方取材に行ったら、昔ならああいう親や子供に「あんた、いい加減にしなさいよ」と言ってくれる親戚のおばさんや近所のお年寄りがいたのにね、という人が多くてハッとさせられました。

開沼 3・11の後、「SNSで社会を変える」みたいな、のぼせた議論が出てきました。ばらばらだった個人をネットがつなぎ合わさせて可視化し運動体になるという議論ですが、まさにそのとおりのことが悪い方向で起きてしまいました。

SNSが「カルト」を作り「支援者」に消費される

――被ばくもワクチンもママが目立ちますね。

開沼 「ママたち、子供たちを守れ」と「弱者憑依」して水戸黄門の印籠のように掲げることで、都合の悪い議論を全て封殺して利益を得続けていくのが、不安寄り添いムラのワンパターンだけど最強の手口です。

村中 病気になると、例えば周囲に優しくしてもらえる、といった主に心的な利得が発生します。それを求めて病気になろうとすることをミュンヒハウゼン症候群というんですが、代理ミュンヒハウゼン症候群というものもあるんですね。

 自分の家族が病気になったことで得られる利得のことで、例えば、生活が苦しい家庭で、子供が公費で入院したので、自分も温かいベッドで寝られるといった状況を指します。これにも心的なものがあって、母親が注目を浴びるといった自己実現的な利得を考慮しなくていいかどうか。

 子宮頸がんワクチン接種後の症状に苦しむある少女はこう言っていました。「子供同士もツイッターやLINEでつながっているけど母親同士ほど盛り上がってない。大人たちの騒ぎに子供は引いている」。子供が身体化した症状を示す場合、親もケアするのが一般的です。

開沼 放射線でも全く同じで、因果関係を示すエビデンスがゼロどころか、実際に起こったか裏が取れない話でも「子供の体調が悪くなった」というのは通りのいいレトリックですね。子供は発言しなくていいし帯同しなくてもいい。自己正当化・自己防衛に極めて有用な言説資源です。母親本人は元気に毎日アクティビストとして動くことができる。子供のことを心配した選択だと言えば、責められることはない。

村中 少女たちを診ている医師は、怒っている子供を見たことがないと口を揃えます。ワクチンのせいじゃないと思うと言うと、怒るのはまず母親。中高生であれば、症状の説明は自分でできるのに、連れてきた親が全部説明して口を挟ませない。医師、治療法の選択からSNSの情報発信まで全部親がやっているケースが多い。私が会った子たちも静かな子ばかりでした。

(参考記事:「子宮頸がんワクチンとモンスターマザー」

――そして、反ワクチンのママは、プロフィルを開くとたいてい反原発や反安保など反○○が並ぶんですよね……。

開沼 それはこの言説を追っている人の中では完全に常識ですね。グローバルな社会運動の歴史の転換点は70年代にある。それまでマルクス主義ベースの政治の問題を扱った運動が衰退する中で、公害やオイルショック、ベトナム戦争などを受けてエコロジーなど生活の問題が大テーマになっていく。

 赤から緑への転換とも言えますが、緑のエコ運動の中には、反資本主義、反科学、反人工物などがある。思考停止してそのセット志向に従っておけば、政治的に考えた感じになれて周りと共感しあって安心できる。

村中 政治的な立場はどんな立場でも尊重されるべきだと思いますが、ワクチンは政治やイズムではなく科学なんです。でも、いわゆるエコな人たちって、自然志向でオーガニックでゼロベクレルで免疫力アップ! というようなことを言いますよね。

 免疫という言葉はファジーで、すごく難しいんです。簡単に言うと、免疫には自然免疫と獲得免疫があって、自然免疫は風邪をひきにくいとかちょっとした怪我が治りやすいというようなことで、獲得免疫は特定のウイルスや細菌などをターゲットにした免疫。この2つは全く別の次元のもので、将棋で言うと歩と飛車角ぐらいの違いがあります。それをごっちゃにして、有機野菜やビタミンCを摂っていれば元気だからワクチンも抗がん剤も要らないとするのは明らかな間違いです。

開沼 エコって共産主義、新興宗教よりも心理的ハードルが低いですからね。生活の中で実践できるので。そこに「メディアは報じない○○」というような陰謀論が吹き込まれていくと、一気に政治的な問題にも目覚める。


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