2024年7月15日(月)

ベストセラーで読むアメリカ

2016年8月2日

 あえて、日本に関する記述をとりあげるとしたら、1960年当時にアイゼンハワーが訪日を希望したときの顛末だろう。アジア各国をアイゼンハワー大統領が訪問する際、シークレット・サービスや秘書官が日本に事前調査で乗り込んだ際の状況を記している。アメリカの駐日大使ら一行が乗ったリムジンが羽田空港を出たところでデモ隊に囲まれたという。日本では当時、岸内閣が新日米安保条約を締結し、反米感情が高まっていた。それでも、アイゼンハワー大統領は訪日を強く希望していたのだが・・・

 Five thousand protestors, most of whom were students armed with bamboo sticks, shouted “Goddamn Eisenhower!” and “Yankee go home!” as they surrounded the vehicle. Police were quick to get to the area, but even though they clubbed the students with heavy truncheons, they couldn’t gain control of the situation. The Americans were trapped in the limousine for more than an hour until a helicopter piloted by a U.S. marine came to the rescue.

 「抗議者たちは5000人にものぼり、そのほとんどが竹棒で武装した学生で、『くたばれアイゼンハワー!』や『アメリカ人は失せろ!』などと叫びながら車を取り囲んだ。警察はすぐ現場に駆けつけたものの、学生たちを大きな警棒で打ちつけても、状況を変えられなかった。アメリカ人たちはリムジンの中に1時間以上も閉じ込められ、最後はアメリカ海兵隊が派遣したヘリコプターで脱出した」

 この騒動は、いわゆるハガティ事件として知られる有名な出来事らしい。本コラムを書いている私自身にとっては自分が生まれる前の事件で、これまで知らなかった。日本でも、こんな物騒なことがまさかあったとは。この一件を受けて、日本は警備を一段と強化したものの、逆に事態は悪化するだけだった。結局、本書が次に記すように、訪日の予定はキャンセルとなった。

 Tens of thousands of Communist-led demonstrators overwhelmed the security forces, broke through the exterior gates, and besieged the Parliament buildings. Clearly, the Japanese government could not guarantee President Eisenhower’s safety in this volatile environment, and just days before he was to arrive in Tokyo, Premier Kishi withdrew the invitation.

 「左翼が主導する何万人ものデモ隊が警備隊を凌駕して外側の門から押し入り、国会議事堂を包囲した。明らかに日本政府はこの不安定な状況のなかで、アイゼンハワー大統領の安全を約束できなかった。アイゼンハワーが東京を訪問する予定のわずか数日前に、岸首相は招待を撤回した」


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