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2016年8月19日

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 「正確な空間認知能力の基盤は、ボールを水平に捉える“水平感覚”にある。イチロー選手はどんな球でも、頭を左右に傾けない。外角低めの球でさえ、左右の目を結んだ線が水平を維持されている。このことを私は水平感覚と呼んでいるが、この水平感覚のおかげで、ボールを捉える空間座標は変化せず、正確にバットをコントロールできる」と小田教授は説明する。

【図5】イチローの米大リーグ3000安打までの記録と日本での記録                    
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 40歳を過ぎてヒット量産のペースは落ちた。その最大の要因は、この目と身体の協調のズレと考えられる。加齢にともなって、目からの情報に対する身体の反応に微妙なズレが生じてきたということだろう。時間にして100分の1秒以下とも言われる。これは、だれもが経験することであるが、今年のイチローはこれを見事、修正した。

 川村准教授は「今年は内野安打が少なく、クリーンヒットが多い。これまでどんな球でも、対応してきたが、今年は狙い球を絞っていっているのではないか」と分析する。「というのも基本的には三振は少ないが、狙い球がはずれた時のような空振りがよく見られるからだ」と根拠を示す。

大事なものは、絶対変えない

 しかし、イチロー選手は絶対に変えないものが多い。技術的にこだわっているのは、ギリギリまで上半身を回転せず、ボールをじっくり見るということだ。これで、ボールを捉える幅を広くとることができるからだ。これはバッティングの生命線とも言う。

【図6】イチローの現在のバッティングフォーム

 図6を見て欲しい。

 右から左に振りぬいているフォームはきわめて安定している。右端のイラストでボールはかなり手元に来ているが、上半身が回転していない。川村准教授は「開きのない上体のため、バットは内側から出るインサイドアウト(バットのグリップエンドを投手側に見せる)になっている。バットヘッドの加速が効率よくできる。『上半身はなるべく開かず残してスイング』と、頭の中では、わかっていてもできるものではない」と語る。

 真ん中の図を見ると、イチローは、「フロントレッグ打法」を大リーグでも変えていない。先ほど説明した前脚に体重を乗せ、後ろ脚がフリーとなる打ち方だ。このため、体重移動の力が使え、レベルスイングになりやすいという利点が生まれる。

 川村准教授は「力がない打者に多い打ち方だが、バランスを崩しやすく、目が上下動する。しかし、イチロー選手はきれいにバランスを保てている。これができるのもイチロー選手しかいない。大リーグでも若いときにはできても年を重ねるとしなくなる選手が多い」と指摘する。

「胸が投手に見えたら負け」
上半身は最後まで残す

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 フロントレッグヒッターはバットが振りぬける軌道とともに、身体も前につんのめる形になりやすい。そのため、フォロースルーが取れないことが多い。そのため打球があまり飛ばないなどの欠点がある。

 「イチロー選手は上半身をギリギリまで回転させないので、バットだけが前に抜け、フォロースルーを大きくすることができる。それはすなわち、長い間、レベルスイングができていることを示す。これで打ち損じが少なく、誤差のないコンタクトができていることを意味している」と川村准教授は語る。

 イチローは、「胸が投手に見えたら負け」と語る。イチローが最も重視するのは、この上半身をいかに残すかにあるということがよくわかる。

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