出光佐三という男
そのようにしてまで世紀の大統合を阻もうとする理由として、創業家は昭和シェルとの企業文化が余りにも異なることを前面に出している。出光興産の創業者は百田尚樹氏の小説『海賊と呼ばれた男』のモデルである出光佐三。日本のエネルギー政策に独自の行動力を見せて世間をあっと言わせた日章丸事件が余りにも有名だが、オーナー系企業ならではの大胆な経営が身上だ。
また大家族主義を標榜し、従業員を大切にする姿勢も顕著である。一方の昭和シェル石油は、石油メジャーが筆頭株主であり、経営スタイルも多分に欧米的。また7つの組合が常に経営と対峙するなど、両社の経営スタイルと環境はまさに水と油。出光創業家はこのような経営統合の前途が多難であり、それを成し遂げる前に両社が疲弊すると危惧している。その上で、石油業界再編の流れは確かに不可避だが、それに乗り遅れることを焦るあまり足元の大切なことを忘れるな、というメッセージを発信している。これはこれで一つの考え方だ。
三菱と東京銀行の合併
これに対する一つの反論は、私自身の2度の合併の経験だ。かつて三菱銀行に席を置き、東京銀行との合併を経験したことがある。社風が割と似ているとされながらも、真の融合には長い時間がかかった。旧行の人間が存在する以上、MだTだという話は今でも出るし、その意味で統合は終わっていない。
東京三菱銀行になった後には、UFJ銀行との合併も経験した。UFJは苛烈な社風で知られる三和銀行が母体。合併直後は三菱流とは全く異なる顧客対応や融資姿勢が明らかになって、現場は相当混乱した。だが、かなりの軋轢はあったものの、異なる出身母体の文化の違いが企業経営に致命的な影響を与えたかと言うとそんなことはない。自分と異なる血を敢えて体内に入れることが合併というものだと割り切れば、軋轢を経験することで企業の自力をアップするのに成功したとも言える。
その意味で、企業文化の違いを統合反対の前面に出す出光創業家のロジックは迫力不足であるし、大胆な経営のDNAを持つのであれば、異文化との融合にいい形でリーダーシップを発揮し、新しい時代を切り開く企業にふさわしい文化に昇華させてほしいとも思う。