それで、人間に酷似したアンドロイドの研究を始めました。まずは4歳だった娘をモデルに子供アンドロイドを作ったんですが、当時はまだお金がなくて、モーターを頭にしか入れられませんでした。眠い動作は自然に作れたけど、「うなずく」動作をやらせると体まで震えて、どうも不気味さが残った。
●娘さん自身も対面して非常に怖がったそうですね。
――森政弘先生が発見した「不気味の谷」という現象があります。横軸に人間との類似度、縦軸に親近感をとると、ロボットが人間とよく似てくるほど親近感は増します。ところが、非常に人間に近づいたところで、急に不気味に感じるようになるんですね。動く死体やゾンビはこの不気味の谷の底にいる。子供アンドロイドもおそらくそう。
(参考:石黒研究室HP)
この不気味さを克服するために、人間らしい見かけと動き、人間らしい知覚と対話能力が必要だと考えて作ったのが女性アンドロイドです。空気アクチュエータといういわば人工筋肉を上半身に組み込み、表情も作れるようにした。人間はただ座っていても目や体が微少に動いているものなんですが、そういう無意識の動作を再現したんです。
このアンドロイドを1.5mほど離れた状態で2秒だけ見せる実験をしました。動きのない状態のアンドロイドでは8割の人が人間ではないと気づきましたが、自然な目の動きと体の動きがあるアンドロイドを見せると、7割の人が人間だと答えました。次に、アンドロイドと対話する被験者の目の動きを調べると、人を見たときとアンドロイドを見たときの目の動きはいっしょだった。無意識にはアンドロイドを人間と同じように捉えていたということです。
●女性アンドロイドは不気味の谷を超えたわけですね。
――アンドロイドには無意識に人間を感じる。意識すれば違いがわかるけど、短時間では人間と区別がつかない。それがアンドロイドの迫力であり、おもしろいところです。たとえば、アンドロイドに触っていいと言われても、人は無意識に躊躇するんですよ。どこかで人間だと思っているから。
短時間では人間と区別がつかないことも大事。我々が日常生活で、たとえばコンビニの店員さんとどれだけ長い時間接するかというと、ものを買うだけだったらわずか数十秒間かもしれませんね。会社の受付なら、前を通り過ぎるだけ。アンドロイドと置き換わったとしても気づかないかもしれません。
とはいえ、人とロボットはまだ長時間関わることはできません。人間そっくりのアンドロイドは人間と同じことができるのかと期待されますが、それは絶対ないです。そのためには人間の脳と同レベルのコンピュータが必要ですが、脳についてはまだそれほどわかっていない。人間と長くしゃべり続けられるアンドロイドは、少なくとも私が生きている間にはできないと思います。