前向きに読み解く経済の裏側

2016年12月5日

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塚崎公義 (つかさき きみよし)

経済評論家

1981年 東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の業務に従事。2005年 銀行を退職して久留米大学へ。現職は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は一個人として行うものであるため、肩書きは「経済評論家」とする。

本音と建前の落差に疲れている白人たち

 もちろん、「白人は有色人種より先に移民してきたのだから偉いのだ」などと表立って言う人は少ないでしょうが、世の中には、本音と建前があります。建前はともかく、本音ではそう思っている人々が、自分たちの生活レベルが下がって来た時に、後から来た移民に仕事を奪われている事に怒りを感じることは自然なことなのでしょう。

 余談ですが、建前を追求し過ぎて「ポリコレ」を追求し過ぎたために、米国人が息苦しさを感じ、これがトランプ候補勝利の一因となった、という指摘があるほど、最近の米国では建前が重視されているようです。ちなみに、ポリコレとは、ポリティカル・コレクトネスの略で、たとえばメリークリスマスと言うと非キリスト教徒が傷つくので、「シーズンズ・グリーティング(季節の御挨拶)」と言うべき、といったことです。

 しかし、米国では、ほんの数十年前までは、公然と人種差別が行なわれていたわけです。だからこそポリコレが必要だとされているのでしょう。ポリコレを強調しすぎるくらいでないと、様々な差別が公然と行われかねないから、という事なのでしょう。これを裏から見れば、建前とは別に本音が厳然と存在している、という事になります。人種差別についても、人々の意識としても実態としても、存在していると想像されます。

 そこで以下では、ポリコレを忘れて、「米国政府や米国人の本音」を筆者なりに想像してみます。筆者自身が「移民には3K労働が相応しい」と考えているわけではありませんので、誤解のないように御願い致します。

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