「それに人間こそ、最初の密着状態を必要としているんですよ。人間の妊娠期間は霊長類の中でも一番長いし、赤ちゃんも相対的に大きい。ゴリラの赤ちゃんは1.5キロしかありませんから。しかも人間の赤ちゃんは、生まれてから1年はほとんど動けず泣くだけです。つまり、母親にはものすごい負荷で、それがなんで進化なのか。実は、生まれた瞬間の視覚、聴覚、嗅覚などの感覚は、人間は圧倒的に完成度が高いんです。発達した感覚で、ケアしてくれる母親のことを、1年間ですごい勢いで吸収し、母親を通じて父親や家族など絆を結んだ人が投影されて、子どもが立ち、社会化していくんです」
尻尾で体全体を振り回すのは 理屈に合いません
それでも人間は、生物としての子育てを忘れてきている。その背景を中川は、テレビや携帯やパソコンによって巨大化する体外脳についていけないと人間ではないと言わんばかりの風潮があることを指摘する。あわせて、人間が長い進化の結果として存在することを忘れ、人間は動物とは別であるという傲慢さを抱いていることも大きな原因だと言う。
「チンパンジーから人間が分かれたのが、通説では600万年前です。私たちが本格的に道具を使うようになったのは1万年前の新石器時代からです。私たちが他の動物とは違うと自覚しているのは文化を持っているからですが、それとて600万年のうちの1万年に過ぎません。私たちの文化は尻尾みたいなもので、それで巨大な過去をどうにかしようとしても無理です。それなのに尻尾で体全体を振り回そうとしているんですから、理屈に合いません」
母親と父親の機能の違いが、奇妙な平等意識の中でないまぜになってきた感がある。また、自分が本来すべきことを、カネを払って誰かに委託することも当たり前になってきた。人間は、そんな思想やシステムを生み出したことで、かえって子育てに悩み、汲々としてしまっているのではないだろうか。
動物の子育てはまた、親から子へという縦のつながりにおいて、大事なものが受け渡されることも示唆している。これも、親の責任を学校や社会に丸投げしている風潮に対して、痛烈なアンチテーゼを投げかけている。中川の話にはドキッとさせられた。どうやら私たちは、ちょっと立ち止まって考えなければならないようである。(文中敬称略)
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