幕末の若きサムライが見た中国

2016年12月31日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 「上海中、糞芥路ニ満チ、泥土足ヲ埋メ、臭気鼻ヲ穿チ、其汚穢言フ可ナラス」と記す峯は、中国人に筆談で質問した。

 すると以前はこんなに汚くなかったが、外国人が大挙して押し寄せ賑わいが増すに従って街路が不潔になってしまったという説明が返ってきた。だが、この説明に納得できない峯は、中国人というものが目先の利に奔り、「農業ヲ切ニセス、不浄ヲ棄テ田畠ノ肥ニ用ヒサルヨリ自然路傍ノ尾篭ニナリシモノナリ」と考える。江戸八百八町のエコ生活を見習うべし、ということだろうか。

目先の損得に奔る

 日本のように糞尿を畠の肥しにして作物を育てればいいものを、目先の損得に奔るから、街路が不衛生極まりない状態になっても知らん顔。やがて空気が汚染され、疫病が流行ることとなる。毎年炎暑の時節には、「必ス悪病大ニ行レ、人民ノ死スルモノ甚ダ多シ」。と公衆衛生は「人命ニ拘ルコトナレ」ばこそ、国家の指導者は十二分な対策を考えるべきだと、峯は強調する。

 「土人目前ノ利ニ走リ」、土地を荒廃させ環境破壊も日常化している当時の上海は、21世紀初頭の現在にも通じているようにも思える。

 次に驚いたのが耐え難いまでの水質の悪さである。納富は、概略次のように綴っている。

 ――淀んだ茶褐色な流れに、家禽類の死骸、ありとあらゆる汚物、さらにはヒトの死体までが浮かぶ。劣悪な環境のうえに、医療施設は貧弱。猛威を振るうコレラを前にしては、もはや為す術がない。太平天国軍を逃れて上海に辿り着いた体力のない難民はバタバタと斃れる。だが、まともに埋葬はしてやれない。勢い死骸を川に流すしかない――

 海外交易で繁栄を誇る一方で、上海は劣悪な環境に悩まされていた。

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