問題なのは、地方の中の地方
問題なのは、地方の中の地方で、状況は日本の地方と同じ。日本の中国地方で言えば、地域の中核都市である広島市などに人が集中する一方で、山間部では「限界集落」と呼ばれるように、居住することすら困難になっている町が存在している。
そうした町の一つに行ってみた。ジョンズタウンという。ピッツバーグから自動車で1時間半くらいの場所にある。この町も鉄鋼で栄えてきたが、ピッツバーグのように産業転換はできておらず、人口は最盛期の7万人から大幅に減って2万人まで落ち込んでいる。
こんな町にまでトランプはやってきた。そして、選挙演説を町の最も大事な場所ともいえる、アイスホッケー場兼、戦争記念館で行った。そのときの写真を、地元で鉄工所を経営する女性が見せてくれた。熱狂と興奮、そういう言葉も当てはまるが、純粋に嬉しかったんじゃないかと思えた。これから大統領になるかもしれないという人が、人口2万の小さな町でやってきてくれたら「自分たちの存在をわかってくれているんだ」と、喜々とするのは無理もない。こうした田舎町の人にトランプは「雇用を取り戻す」と約束した。
「昔のように戻れなくても、町の衰退を止めたい」と、ジョンズタウンの女性経営者は言った。同じような話は、日本の地方でも何度も聞いたことがある。だから、どの町も精一杯の優遇策を仕立てて、企業誘致を懸命に行う。雇用こそが「町の再生」につながる。アメリカの地方も日本の地方も、人々は「町おこし」を期待している。
トランプに投票した人たちに話を聞いていると、映画『三丁目の夕日』のことを思った。ノルタルジー、戻ることはできないと分かっていても、「あの頃は良かったなぁ」という在りし日の思い出にひたる。経験したことない若い世代も「あぁ、昔はそんなに良かったのか」と共感する。
物語であればそれでおしまいだが、政治家が本気で昔に戻ることを公約にしてしまったから、多くの人が驚いた。トランプの言う「Make America Great Again(アメリカを再び偉大にする)」とは、そういうことだろう。自動運転、AI(人工知能)といった次の世界に向かう都市と違い、田舎の人々が望むのは、かつての産業を復活させて雇用を増やし、再び町に活気を取り戻したい、つまり「町おこし」である。
日本叩きはトランプの保険
“トランプ流”町おこしは、日本の地方が行う企業誘致とは違い、企業に無理やり言うことを聞かせるという意味で「ジャイアン」的姿勢だ。古い産業を復活させて雇用を生むというのは普通に考えれば難しい。だから、クリントンがそうした約束をしなかったのは、ある意味誠実だったからかもしれない。一方で、その難しい課題に取り組む(少なくとも姿勢を見せる)のは、「Deal(取引)を楽しむ」というビジネスマン大統領の真骨頂なのだろう。
さらに、トランプは、約束が果たされなかったときの保険もしっかりかけている。日本などを目の敵のような発言をするのはその表れだろう。「敵は外にいる!」と、印象付けることで、たとえ「雇用を取り戻す」ことができなくても、日本などが「その邪魔をした」と主張することができる。共和党の大統領候補戦、そして大統領選と、トランプの敵を叩いて自らを利するというやり方は常套手段だ。今後、日本にどんな注文をしてくるのか注視していかなければならない。
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