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2010年5月10日

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 「次第に、労働者を入院させなければとか立ち直らせなければとか、無意識のうちに私は上からの目線で関わってきたことに気付きました。自分に幻滅して、培ってきたものが全部崩される気持ちになって熱が出て、天井を見ながら3日間考えました。それまでは『偉そうに』『能書きばかり』と言われることも多く、いい関係ができませんでした。労働者の方が尊敬に値すると気付いたことで、私も生まれ直して、その方たちの人生そのものに耳を傾けていこうと。いい関係をつくりたいと思ったけど、それも委ねようと思いました」

写真:田渕睦深

 相手を変えようと一生懸命だった時は、自分がしっかりやらなければいけないというような潜在意識もあって、それが労働者との間に見えない壁をつくっていたのだろう。相手を尊敬できる気持ちが生じたことで、上に立つ必要はなく、弱さを含めて正直な自分のままで接すればいいと肩の力が抜けた。相手を変えるのではなく入佐が変わったことで、同じ人と人という土俵ができた。「すごく人が寄ってくるようになりました。話しやすいタイプになっていたんでしょう」と入佐も語る。

 労働者たちは入佐にあれこれと話をするようになった。中でも、生活保護を受給し健康的な生活を送るためにアパート暮らしをしたいという声は多かった。しかし風当たりは強く、入佐は労働者と一緒にアパートを探して26軒断られ続けたこともあった。入佐は大家に「ケンカしたり酒飲んだりしたら私が飛んできます」と、自分が保証人になるから部屋を貸してくれと頼んだ。労働者には、敷金や手数料などの金を、借用書なしで貸した。「困っている人に『借用書を』って性格的に言えないんです。それに字を書くのが苦手な人もいますし」。

信じて人間として向き合ったら
みごとに仏さんになりますよ

 入佐の言う「いい関係」とは、陳腐に表現すれば「お互いを信じられる関係」だと思う。厳しい環境に長くある人は、人間を見るのが敏感だ。だから、労働者が入佐を信じるのは、裃を脱いで同じ人として向き合ってくれることが伝わるからであり、孤独な自分を心配して実際に汗をかいてくれるからであろう。一方の入佐はなぜ、労働者をここまで信じられるのか。

 「私は祖父や父から否定語を言われたことがないんです。失敗した時も『成功のもと』と言われ、ずっと自分を信じてもらえた。あえて言語化すれば、もともと人間はいいものなんだという、人を信じる力を祖父や父からもらったんだと思います。だからぼろくそ言われても、人は信じていいという自画像が壊れなかったのだと思います」

 話を聴く時の入佐は、おかしい時は涙を流し、愚痴なら眉根を寄せてうんうんとうなづく。役目ではなく、素で感情移入していることが、よくわかる。人を根っから信じることができて、どこか無防備なくらい自分の気持ちを相手に委ねてしまうのが、入佐という人なのかもしれない。そうしていると自分が心地いい、だからケースワーカーを続けられると、入佐は話す。

 アパート暮らしを始めたのに、お金を返さないままふっといなくなった4、5人についても、「定着しなかったのは、私が相手の言い分を聴くのが足りなかったからでしょう。それまでの人生で選択肢がなかった方たちだから、選ぶことの満足感が強いように感じます。それからは、間取りやら何やら20項目くらい希望を聴くようにしました」と言う。

 相手の気持ちを慮ることができれば、人は人を裏切らないというのが、入佐の人間観だ。この下地の上に、相手の中に尊敬できるものを見いだしていることが、入佐が労働者を信じられる背景にあるのだろう。

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