初めて公になったものも含む数多くの写真や直筆の手紙、文書類が収録されており、さながら文書館を訪ねているかのようだ。もちろん、二重螺旋のデモンストレーション用模型を前に、ポーズをとるワトソンとクリックの伝説的な写真もお楽しみあれ!
たぐいまれな訳文の役割
本書に新たに加えられたのは、注釈や図版だけはない。ワトソンがのちに出版した『DNAのワトソン先生、大いに語る』(Avoid Boring People)に含まれている、1962年のノーベル賞受賞のいきさつも収録された。
ほかに、ワトソン、クリックそれぞれがDNAの構造を初めて説明した直筆の手紙や、原典の『二重螺旋』に収録されなかった章(1952年の夏にアルプスで休暇を過ごしたときの出来事)、『二重螺旋』の執筆と出版にまつわる関係者間での確執や軋轢、さらに、出版後の論争や『二重螺旋』を酷評するエルヴィン・シャルガフの書評とそれに対するワトソンらの手紙など、貴重な補遺五つが収められている。
『サイエンス』に掲載されたシャルガフの書評は、「このごろの科学者は、名声を貪欲に追い求めるあまり、研究という営みの高潔さをねじまげてしまっている」と、辛辣にワトソンらを叩いている。そうした時代の空気も、今回の完全版で初めて伝わってくるものだろう。
最後になったが、本書を邦訳タイトルの「完全版」と言わしめるのに最も重要な役割を果たしたのは、青木薫氏のたぐいまれな訳文であろう。
既存の邦訳書『二重らせん』(講談社文庫)をかつて読んだとき、正直にいえば、面白くなかった。それが本書を読んで、これほど面白かったのか!と目を見開かせられた。
注釈が加わっているだけでワトソンの原文は何も変わっていないのに、日本語でこれほど印象が変わるとは。
サー・ローレンス・ブラッグは原典版に寄せた序文に、「彼が印象を記述するときの、みずみずしい感覚と、歯に衣着せぬもの言いこそは、本書を面白いものにしているかけがえのない要素」と書いている。その原著の真の魅力が、青木氏の翻訳によって初めて日本の読者に伝わったといえよう。
科学史に興味のある読者にも、一編の青春小説を味わいたい読者にも、まちがいなく読書の喜びを与えてくれるはずである。一度読んだという方も、ぜひ「完全版」での再読をお勧めする。
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